王子家出中 ―8―

モドル | ススム | モクジ
「ガキがにげたー!」
 格子をはずし、小さな明り取りの窓からひっぱりだされた途端、小屋の中から大声がした。
「ずいぶん見つかるのが早いな……」
「多分、そういう魔法」
 本来は防衛の魔法だろうとブランが手短に説明すると、スーリヤが感心した。
「魔法の知識はたいしたものだ」
「もちろんおれは使えないけどね!」
 開き直ったブランが思わず自虐を放つ。
「それはとにかく走れるか?」
「うん」
 しれっと彼の自虐を流し、スーリヤがブランの手を取った。
 小屋の戸とは反対方向へ走る。そもそもそちらから二人はやってきたのであり、ソルシェも移動しいていなければそちらにいるはずである。スーリヤの短剣は奪われてしまい、袖口の小さなナイフでは戦えない。
「逃げられると思ったか!?」
 しかし盗賊たちの動きは早かった。なにせ七人もいる。回り込まれ、あっという間に取り囲まれた。
 スーリヤがブランを守るように前に出た。
「なんだお前、女の影に隠れるのか?」
 スーリヤの短剣を手にした男がブランを指してせせら笑う。
 とん、とブランの背中に木の幹が当たった。これ以上後退はできない。
「どうします親分」
「男の方はいらん。女は……まあ使える」
 ブランをかばうスーリヤの体が、低い声に硬直するのが分かった。ぎらぎらと短剣が光る。
「どうしたら……」
 緊張に振るえた刹那、ばほっとブランの頭上で空気が破裂する音がして、ひらりひらりと紫色が舞った。
「……っ!?」
「ギャハハハなんだそれは魔法なのか!」
 飛び出た紫の花に盗賊たちが思わず大声で笑う。
「ブラン今の隙に逃げろ!」
「駄目だよ!」
 笑われても馬鹿にされても、スーリヤを一人にするのは駄目だ。
 祈るようにブランが手を握る。俯いた先に、先ほど飛び出た花が目に入った。握った手に力が入る。
――イメージを集中させた。
「お願いお願い、お願い……」
 花が光り輝く。
「スーリヤを守って!」
 叫んだ刹那、光が弾けた。
「ぐおっ!?」
 先頭の盗賊の体が、勢いよく持ち上がった。
「なん、なんだこれは!」
 見ると太いツタが胴にからんでいる。それは彼らがもがけばもがくほどに、複雑にからみついていく。ツタの周りには、紫色のあの花が、より大きくなって花開いている。
「花が……やった!」
 スーリヤが振り向き、放心しているブランに抱きついた。
「すごい! ブラン! 魔法が!」
「えっ、あっ」
 抱きついたままぶんぶんと振り回され、ようやくブランが正気に戻った。なおも成長を続ける紫の花を見上げ、まだ信じられないような顔をした。
「でもこれこの後どうすれば……」
「あっ、そうだ忘れていた」
 思い出したようにスーリヤがブランから一度離れ、マントのポケットから本を取り出してブランに差し出した。
「魔女からこれを預かった」
「教本!」
 半ばひったくるようにスーリヤから本を受け取ると、ブランは本をひっくり返して裏表紙から開いた。
 ぶちぶちと盗賊たちを拘束しているツタが千切れ始める音がする。一刻の猶予もない。
 裏表紙の裏に、小さな丸い鏡がはめ込んであった。ブランはそれに手を重ねて深く息を吸い込み、吐き出す。
「鏡よ鏡――世界で一番恐ろしいおれの魔女は誰?」
「わたくしです」
 凛とした声が鏡から響いた。
 鏡から光の柱が放たれる。
「お、おお……」
 夜明けの近い空を貫くその光に、スーリヤが感嘆を漏らした。
「まあ綺麗」
 その横に音もなくソルシェが現れて頷く。普段から闇にまぎれるような格好なので、言葉がなければ気づかなかっただろう。スーリヤが二度見した上にのけぞる。
「そっちか!」
「あらスーリヤさま、陛下やブランさまに負けず劣らずのよい反応ですわ」
 ニヤニヤ笑うソルシェに、スーリヤが未だに光を放ち続けているブランの本を指して叫ぶ。
「普通あの中から現れたりもっと仰々しい登場になったりするのではないのか!?」
「魔女に普通を求めてはいけませんわ。そもそもあれはただの狼煙のようなものですもの」
「でも最初の声はあそこから……!」
「ソルシェ! ソルシェお願い助けて!」
 ブランが本をなげうって、一向に終わらなさそうな二人の間に入りソルシェのスカートに縋った。
「あらあらブランさまったらこんなところで」
 魔女は言葉とは裏腹に嬉しそうに顔をほころばせる。
「では冗談はそれぐらいにして。さて、どう料理いたしましょうか」
 スカートを翻して蔓の塊を見た。ぱちんと彼女が指を鳴らすと切れ掛かっていた蔓は一気に解け、盗賊たちがバラバラと解放される。
「っ、この!?」
――それからはもう瞬く間もなく。
「お待たせいたしました、ブランさま」
「すごい……」
 いつものようにスカートをつまみあげて礼をしたソルシェに、スーリヤが思わず拍手を送る。盗賊たちは魔女の後ろにのびて山積みにされていた。
 しかしブランの表情は晴れない。
「ソルシェ、それだけじゃなくて、他にもいるっぽくて! どうしよう!? 外交問題になるんだよね?」
 おろおろするブランに、二人はぽかんとした後、それぞれ苦笑を浮かべた。
「ブラン、言いそびれてすまない。私が」
「ひめさまあああ!」
 改めて名乗ろうとしたスーリヤの声を、蹄の音と男の声がさえぎった。驚いたブランは思わず一瞬ソルシェの影に隠れようとしてしまい、すんでのところで踏みとどまる。
「あちらさまもブランさまの光が見えたようですね」
 ソルシェがくすくす笑いながら声の方角を見る。
「シャシー! こちらだ!」
 スーリヤが手を振った。森の奥から黒い馬の一団が近づいてくる。先頭の馬上にいるのは大きな男だ。スーリヤと似た服装をしているが、こちらの装備はもっといかめしく、マントの下には鎧を身につけている。
「姫様! 探しましたぞ!」
「ひめ……さま?」
 男の大声にソルシェのエプロンを掴んでいたい気分になりながら、なんとか堪えつつブランがスーリヤを見た。
「あなた様ときたらまた勝手にお一人で!」
「シャシー、静かにしろ。こちらに御座すお方は私の見合い相手のブラン王子とその魔女どのだ。粗相のないように」
「はっ!?」
「えっ!?」
 スーリヤの従者の男とブランの声が綺麗に重なった。
 転がり落ちるように馬から下りた男が慌てて膝をつく。
 驚いて二の句が告げないブランの手を、スーリヤがそっと取って、にこりと笑う。
「そういうわけだ、ブラン。私が他の五十二人の女たちより優れているかどうかは分からないが、どうぞよろしく」
「えええええええ!?」
 絶叫と共に、ブランの頭上からぼふんと真っ赤な大輪の花が飛び出した。
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2012 chiaki mizumachi All rights reserved.