王子家出中 ―9―

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「いい加減にしろ!」
「いーやーだー!」
 城中に響くいつもの兄弟喧嘩。
 メイドたちが扉の隙間から見守るなか、ブランはまたベッドの下へ潜り込もうとし、王はそれを引っ張り出そうとしている。
「今日という今日はお前のそのへたれた根性たたき直す!」
「ぎゃーやだー! 家出してやるー!」
 ブランはすでに泣き叫んでいる。
「またお前はそうやって――」
 国王が更なる説教を言い放とうとした刹那、二人の間にぽんと音を立ててソルシェが現れる。ギョッとする二人をそっちのけでなにからなにまで黒いレースやリボンで装飾された真っ黒い衣装をかざした。
「ブランさまブランさま、次の見合いはこちらのお召し物はいかがでしょう? わたくしが時を止める勢いでお縫いいたしました、さあ着てみせてくださいな」
「ソルシェ空気を読め! あとその服は流石に変だ!」
 思わず弟を手放してしまった国王が即座に叫ぶ。
「そもそも見合いなんてしないってば! あとそんな変な服着ないから!」
 ブランもベッドに避難しつつ言うと、二人から己のセンスを否定されたソルシェが頬を膨らまして背を向けた。
「いいや見合いはしてもらうぞブラン」
 拗ねた魔女のことは置いておいて、国王が腰に手を当ててブランを見下ろした。
 兄の鋭い視線に弟はベッドに深く潜り込んで逃げる。
「だってアニキ、この間のスーリヤとの見合い、結局あの騒動で砂の国から延期してくれって言われてそのままなのに、他の人と見合いなんて……」
「しかしその後大分経つのに音沙汰が全く無い。もう先方には無かったことになってるかもしれないぞ」
「無かったことって……」
 今度はブランがソルシェに倣って頬を膨らませてみる番だった。もっともベッドの下にいるので誰にも見えることはない。
 別れ際のスーリヤの態度を考えれば、そんなこと絶対ない。今度はもっとゆっくり話そうと言ってくれた。だからそんなことはないと兄に反論したいが、うまい言葉が思いつかない。立場上、本人の気持ちよりも優先されるものは沢山あり、それはどうすることもできないことはブランにも良く分かる。
「それはそうと陛下」
「なんだ」
 傷ついたフリをして窓ガラスにぐるぐると渦巻きを描いていたソルシェが、思い出したように振り向いた。
「お后さまが二人の怒鳴り声を聞いている内に、産気づいてしまったご様子で」
 魔女の言葉に、王が一瞬言葉を詰めた。
「なっ……なんで早く言わないんだ! ストリ!」
 そのままの勢いで妻の名を叫んでブランの部屋を出て行く。
「初産ですからまだまだ生まれませんよ陛下」
 暢気な声でソルシェがその後を追う。
 突然蚊帳の外になったブランがベッドから這い出して、静かになった部屋見回すとベッドの上に腰を下ろした。
「いよいよかあ」
 体についたほこりを取りながら、小さくため息をついた。
――不意に、ガツンと窓ガラスに何かが当たって揺れた。


「ねえ陛下ご存知です?」
「あ?」
 妻の下へと急ぐ王の横でソルシェが口を開いた。
「砂の国では女の方に花を渡すのはプロポーズの意味があるのですって」
 唐突な言葉に王は足を緩めずに眉をひそめる。
「それがどうした?」
 魔女はどこかいたずらっぽく微笑む。
「陛下もたまにはストリルーアさまに贈られてみては? 花なんてありふれているからと差し上げたことないでしょう。でもきっとお喜びになりますよ」
 ふむと王が思案げにあごを撫でる。
「考えておこう」


 ブランは揺れた窓を開けた。
「ブラン!」
 名を呼ばれて見下ろす。
 緑の庭に金色が太陽の光を浴びて輝く。
「ど、どうやってここに?」
 驚くブランに、スーリヤが嬉しそうに笑う。
「父上の説教が長引いてな。抜け出してきた」
 彼女の金の髪に、ブランが挿した魔法の花が風に揺れた。

(終)
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