王子家出中 ―7―

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 暗闇の中を、とぼとぼとブランは一人歩いていた。
 足が重たいのに、歩くことをやめられない。立ち止まって座り込み、誰かを待つような真似はしたくなかった。誰も追ってなどこないと思い知らされるのが嫌だった。
 ふと、木々の隙間から明かりが見えた。ソルシェたちだろうかとブランは引き返そうとしたが、様子が違うようだと思いなおして近づいてみる。
 木々に埋もれるようにして建っていたのは、真新しい小屋だった。
「こんなところに……?」
 このあたりは国有地のはずである。ブランも一度だけ王に同行して来たことがあるが、見覚えがない。なにより、国の所有物ならどんな物にも必ずあるはずの、王国の紋章がない。
 不審に思って明かりが漏れている小窓からそっと覗いて見ると、テーブルを囲む七つの人影が見えた。
「……明日、この道を砂の国使節団が通る」
――え?
 飛び込んできた言葉に耳を疑う。
「おかしらー、しせつだんってなんですかー?」
「ばぁか、しせつだんったらアレだろ、えーっと」
「分かりもしないのに口を挟むな。馬鹿はどちらだ」
「んだとお!?」
 怒り声と共に、がしゃんと小屋の中で何かが壊れる音が響いた。殴り合う鈍い音に、それをはやし立てる声が続く。ブランがおびえて首を竦めると、お頭と呼ばれた男が大きな咳払いをした。加えて何か言ったのか、暴れる音も野次もぴたりと止まる。
「とにかく、砂の国から来た奴らはうちの国王に友好の証として財宝を持ち込んできてるってもっぱらの噂だ」
「ゆーこーのあかし?」
「これやるから仲良くしようぜーってことだよ。てかもうお前は喋んな」
「ええーっ」
 またがしゃんと何かが倒れた音がしたが、今度は殴り合いにはならなかったらしい。何事もなかったかのように話が進められる。
「つまり通りがかりを襲ってお宝いただき! ってことっすね」
「しかしお頭。それほどの連中なら、護衛の方もかなりしっかりしてるんじゃないか」
「なに、他の連中にも声はかけてある。それに奴らは魔法が使えないらしい」
「ええー? おいらでもひとつはつかえるのになぁ」
 暢気な声に、笑い声がかぶさった。恐ろしいことを聞いてしまったと我に返ったブランが窓から離れる。
「どうしよう……ソルシェを呼ばないと」
「ブラン!」
 ハッとして振り向いた。スーリヤが肩で息をして後ろに立っている。ブランを探して歩き回ったのか、髪にはブランが挿した花以外にも葉っぱが刺さっていた。
「ここに居たのかブラン。私君に黙っていたことが」
「しっ静かにして!」
 慌ててスーリヤに抱きついたが、背後でさびた蝶番が音を立て、戸が開く。
「誰かいるのか!?」
 ギクリとブランが飛び上がる。その表紙に黄の花が頭上からはじけて地面に転がった。その音に男が気づいた。まぶしい明かりに照らされて、スーリヤが片手で顔をかばう。
 逃げようとする間もなく、二人は捕らえられた。

 ***

「ごめんね」
「……何故謝る?」
 両手を後ろに拘束され、二人は狭い地下室に閉じ込められた。小さな明り取りのための格子の窓が一つ、僅かな月明かりをこぼしている。
「私が来ていなかったらブランは見つかってなかった。謝るとしたら私だ」
 スーリヤはなんとか拘束を解こうとしているのか、何度か身を捩じらせてそのたびに顔をゆがめている。
「そう、じゃなくて」
 なんと言って謝ればいいのか。苦しい胸のうちを吐き出したい一心で、ブランはつっかえつっかえに謝罪を繰り返す。
「もう、気づいていると思うけど、おれ、ホントは魔法全然使えないんだ……スーリヤが褒めてくれたあの花も、出したくて出したんじゃなくて、失敗したり、驚いちゃったりした時にでるやつで……褒めてもらえるようなものじゃないんだ」
 俯いて視線を合わせようとしないブランを、スーリヤはじっと見つめた。
「そうか。それはむしろ、ろくに知りもしないのに余計なことを言った私が悪い。謝られるいわれはない。こちらこそすまなかった」
 俯いたままのブランが首を横に振る。ぽたぽたと涙のしずくが冷たい地面に落ちた。
 今日一日で一体どれだけ、自分が情けなくて泣いたのだろう。
「ごめん、おれが魔法を使えたら、せめて何か一つでもまともにできてたら、スーリヤをこんなことに巻き込んだりしなかったのに……ごめん、ごめんね」
 謝罪を続けるブランの横で、ぶつり、とスーリヤの戒めがちぎれた。
 ロープの残骸をはらって、スーリヤが立ち上がる。ぽかんと見上げたブランに微笑んで、後ろに回って彼のロープを切ってやる。
「心配するな。私は人より頑丈にできているし、こういったことにも慣れている方だ」
「慣れ……?」
「慣れというか、まあ訓練のようなものかな」
 スーリヤが見せたのは、手のひらに収まるような大きさのナイフだ。袖口に隠し持っていたのだと説明した。
「でも、心配してくれてありがとう。嬉しい」
 スーリヤは微笑んで、ブランの涙を指で拭い、反対の手で己の髪に挿したままの花に触れた。
「私はブランのこの花が本当に美しいと思ったから褒めたんだ。これが魔法でないと言われても、言葉は取り消したりしない。――こんな美しいものを出せるブランはすごい」
 ひっくと小さな泣きじゃっくりが漏れた。
 また涙があふれてきたが、ブランはそれをごしごしと擦って、うんうんと何度も頷く。
「ありがと、スーリヤ」
 ブランの言葉に、スーリヤも嬉しそうに頷いた。
「さあ、ここから逃げようか」
 ナイフを袖口に再び戻して、彼女は地下室を見回した。
「でも、どうやって?」
「あれだ」
 スーリヤが頭上を指差した。
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