王子様とワルツを・2

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 翌日も、その翌日もシャルロットの元へ行かなかった。さらにその翌日と翌々日は二日続けて礼拝堂の掃除当番で行けず、ずるずるとシャルロットに会わないまま日を重ねて週が明けてしまった。舞踏会を明日に控え、クラスメイト達は呼ばれているものもそうでないものもみんな浮き足立っているが、あたしの心は沈んだままだ。
 もしかして知らない内にシャルロットの病状は悪化していたのかもしれない、そうついに思い至ったあたしは、休日の寮のベッドの中で彼女に会いに行く決意をした。
 ドアの隙間に挿し込まれていたそれを見つけたのは、その時だった。
 何者にも冒されないような白い封筒に、王家の刻印。それはあの塔の中で見た、シャルロットの舞踏会の招待状が入った封筒だった。
 どうしてここにこんなものが? 思ったと同時に、シャルロットの投げやりな声が浮かぶ。
――だって私がここを出るときは、私が死ぬ時だもの
 胸騒ぎがして部屋を飛び出し、学園の南にある塔へと向かう。
「シャルロット……!?」
 そして、嫌な予感は的中した。
 塔の中はがらんと人けがなく、シーツすらない冷え切ったベッドだけが中央に鎮座していた。無人の部屋の中で、あたしが種を植えた鉢と、最後に活けた花が窓辺で萎れている。
 あたしは間抜けにぽかんとその場に立ち尽くした。隙間風が冷たく吹いていて、手足が冷えてくるのを感じる。今までそんなこと、感じたこともなかった。ここはいつも暖かい場所だった。
 どうしてと、誰にともなく呟く。何がどうしてなのかはありすぎて、続かなかった。
「あら。どなたかと思えば」
 凛とした声が背後から部屋の中に響いた。
 振り向くと、涙でぼやけた視界に燃えるような赤髪が映った。
「どり、ぜら……?」
 慌てて目を袖口で拭う。
「どうしてここにいらっしゃるの?」
 それはこちらの台詞だと言うよりも先に、彼女が手にした小さな如雨露が目に入った。
 クラスメイトのドリゼラはあたしの返答を待つよりも先に、窓辺に近寄って植木鉢に水をやる。
「……シャルロットは、どこへ?」
 彼女の予想外の行動にぽかんとしてから、あたしはまず何よりも確認すべきことを思い出して尋ねた。
「彼女、でしたらいませんわ。もう、どこにも」
 ちらりと緑の瞳がこちらを見た。言葉を失ったあたしを、どこか馬鹿にしたな目だった。
 目の前が真っ暗になった。
「それで、どうしてここにいらっしゃったの?」
 ドリゼラは無視された最初の問いを繰り返したが、あたしには答えられそうにもなかった。声をだすどころか、その場にへたり込む。
 握りしめた白い封筒に、ぽつりぽつりと涙が落ちた。
 どうして、もっと話を聞かなかったんだろう。拒絶されたからって、あたしまでシャルロットを否定すること、なかったはずなのに。
 泣くあたしに、ドリゼラが一歩近づいてきた。不審そうに眉をひそめている。
「あなたその封筒」
「これ、は、シャルロットが」
 嗚咽混じりで答えようとしたが、一瞬続けられなかった。一体どうやって彼女がドアにこの封筒を挿し込んだのか、分からなかったからだ。
「あたしが、代わりに出てって、でも、返そうと、思って、ここに」
 それで、彼女の最初の問いにつなげた。
 果たして切れ切れの言葉にドリゼラは理解できたのか、彼女はしばらく押し黙ったかと思うと、あたしの手を取って立ち上がらせた。
 ドリゼラと身長がそれほど変わらないあたしは、緑の瞳がまっすぐこちらを射抜いたが、それが恐ろしくてすぐに視線を逸らす。
「あなたは明日の舞踏会においでになるべきだわ」
「……でも」
「だってそれはシャルロットの最後の願いなのでしょう?」
 突き刺すような言葉に、ハッと息を飲む。逸らしていた視線を、彼女へと戻す。
「それは――で、でも、あたし、ドレスもなにも、ないもの」
 それでも食い下がったあたしに、ドリゼラは値踏みするような視線を上下させた。
「ドレスがあれば、いらっしゃるの?」
 静かに尋ねた彼女に、どうしてそこまで、と、ようやく落ち着きを取り戻してきて思う。
 けれど、もう彼女は恐ろしくなかった。
「……ええ」
 頷いたあたしにドリゼラの口元が初めて弧を描いた。そして窓辺を手で示して促す。
「植木鉢、もうご覧になって?」
 あたしは窓辺に近寄って、植木鉢を上から覗き込む。
「今朝ついに芽が土の中から覗き始めましたのよ」
 白く頼りない芽が、赤茶色の土を押し上げようとしていた。


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