つぎはぎアンドロイドと俺の七日間・4

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 三日目。
 よくわからないが、アサヒは我が家でのホームメイドロボの職務は全うするつもりであるようだった。ツキハと変わらずに掃除や洗濯をしたが、料理という点においてだけ、ツキハとは少し違った。よくも悪くもお手本通りのような、毎回きっちりした味で洋食が多かったツキハに比べ、アサヒのそれは薄味が多く、和食が中心だった。昨日の晩と今日の三食しか食べていないけれど、どれも不味いわけではないので、俺が作るよりはいいんだが。
「薄い」
「出汁が効いてるんだよ。……つーか、そもそも料理はオレの担当じゃなかったし」
 言い訳を聞きながら具沢山の豚汁を飲み干す。豚汁なんて給食以来だ。オヤジの料理は焼いただけが多いし、野菜も少ない。
「料理をしていたのは、あの『ユウヒ』って子?」
 尋ねると、オヤジの椅子に座っているアサヒはこくりと頷く。
「オレの、妹みたいなやつだ」
 ツキハの頃は俺が食べている間はステーションで待機、もしくは洗濯なんかをしていたが、アサヒは勝手にオヤジの椅子に座り、俺が食べ終わるのを眺めている。前ユーザーの頃の風習だろうかと、あの老女のことを思い出す。
「蜜花とユウヒはどうなったんだろう……」
 ホームメイドロボにあるまじき不遜な態度で俺に接するアサヒが、不安げにうつむいて呟く。
 アサヒには、俺が見たあの交通事故以後の記憶がなかった。その前の記憶もほとんど最適化されて、起きた事実の羅列だけは残っているが、動画としての記録はない。
 俺も一緒に探しては見たが、ないものはない。故に彼の体がつぎはぎだらけの所以も、前の主人と妹の行方もわからない。
 いつアサヒが売り飛ばされたかは知らないが、最後の記憶から、三年が経っている。
 あの老女、蜜花はどう考えたって、痴呆の症状が出ていたのだろう。それでなくたって高齢のようだった。たとえ交通事故から無事に生き延びていたとして、今はどうなっているか、憂鬱な想像しかできない。
 雰囲気の悪くなった食卓が嫌になって、俺は食事のペースを早める。
「おいこら、もっとゆっくり食え。ちゃんとよく噛め」
 頬杖をつくという、決して人に指図できる姿勢ではないアサヒに、ため息が出た。
「お母さんかお前は」
「お前の母親はこんな話し方するのか」
「……いないからわかんねぇよ」
 アサヒがはっとした顔をする。ホント、人間みたいな顔だ。オヤジの設定と前ユーザーの設定、いったい何が違うんだろう。
「悪い」
 自身の中身を見られるのをアサヒは嫌がるが、あとで今の会話を盾にしてでも見てみようかなと思いながら、俺は「別に」にと答えて鮭とゴボウの炊き込みご飯の最後の一口を口に放り込む。
 自分なりによく噛んでから、飲み込み、両手を合わせてごちそうさまをしたと同時に携帯が震えた。オヤジからの着信だ。
「どうぞ」
 出るように促して、前回は自分で下げるように命令された食器類をアサヒが流しへ運びはじめた。素直に従うことにした俺は、自分の部屋に戻ってから電話に出る。
 昨日の夜も今日の日中もオヤジから電話がなく、俺は自分からはかけられないから、アサヒの話をまだしていなかった。
『そっちはどうだ?』
 オヤジの声がずいぶん久々に感じた。
「実は、ツキハが」
 自分で自分の説明が下手だなと思いながらも、ツキハをパソコンに繋いだら前ユーザーの頃のアサヒの性格データが出てきてしまったことを伝えた。
 ツキハの性格データは上書きされてしまい、本体には残っていない。クラウドにはバックアップが残っているが、アサヒが人間に近いゆえに、なかなか消しがたいと思ってしまった。口は悪いしその前に首絞められたけど。
 首絞めの件を話すと、オヤジはムカつくことに声を上げて笑いやがった。
「不良品だ。ロボット三原則はどうなってるんだよ」
「主人がまだ前のユーザーのままだと認識してたんだろう。主人を守るためなら、ロボットは人間に危害を加えていいことになってる」
 ツキハが消えてしまったことを、オヤジは怒ったり悲しんだりするかと少し不安だったが、予想に反してオヤジの方もアサヒが気になったようだった。
「MDK型の初期ロットにはバグがあってな。怒哀楽が実装されちまってんだ」
「怒哀楽? 喜怒哀楽じゃなくて?」
 ああとオヤジは電話の向こうで頷く。
「喜びはどのロボにも入ってるらしい。主人に仕える喜び、とかな。でもそれ以外の三つは家電や道具として考えれば、ハウスメイドロボには必要ないんだと。あんまり人間に近づきすぎても駄目ってことでな」
 俺はへえと相槌を打つ。アサヒが自身の売買について口にしたとき、少しショックを受けたことを思い出した。人間らしさが出れば出るほど、道具として働かせると非人道的なことをしているような気がしてくる。
「マニアには人間味のあるMDK型初期ロットはかなりウケたらしいんだが、まあバグはバグってことで、パッチはすぐにでた。アサヒは当ててないんだろう」
 オヤジはそう言ったが、ハウスメイドロボは自分で自分の更新をするようにできているはずだ。現に取捨選択のパッチが当たってないと、昨日俺の目の前で更新したばかりだ。
 指摘すると、オヤジはそこだよとどこか楽しげに返す。
「前ユーザーはなんでバグを放置してたのか。マニアだったのか、あるいは逆に疎くてスタンドアローンで使ってたか」
 アサヒの記憶のなかで見た老女を思い返したが、あの笑顔だけでは判断できるわけがない。
 けれど、アサヒだけではなく、ユウヒもまたバグの症状とも言える、人間に近い感情表現をしていた。そもそもハウスメイドロボを二体も揃えるような人間だ。無知であるというよりは、マニアであったと考えるのが妥当か。
「今は何してるんだ? 少し喋らせてくれよ」
「え……さっきまでは洗い物してたけど」
 俺は電話を持ったまま台所に戻ったが、すでに綺麗に片付けられており、アサヒはもういなかった。
「いない……」
 オヤジに聞こえないように呟くと、後ろからアサヒがやって来た。
「静真、風呂の用意できてるぞ。早く入れ」
 相変わらず、不遜というか、親かなにかのような態度で言うアサヒに俺は電話を突きつけると、きょとんと首をかしげられた。ツキハもそうする仕草をしたが、あのときは無表情だったな。
「ん?」
「オヤジから」
 少し不安げにアサヒは受け取り、低い声で「代わりました。はじめまして、アサヒです」と電話口で言った。なにか言われているのか、はい、はい、と相槌ばかりが続く。そしてくすくすと笑ったかと思うと「かしこまりました。おやすみなさいませ」と言って電話を返してくる。
 オヤジには敬語なのかよと思いながら返って来た電話を耳にあてると、オヤジもなんだか笑っていた。
「風呂の用意ができたって? 長電話して悪かったな」
「聞こえてたのかよ」
「俺も明日早いからな。明後日の見合いに備えて床屋と服屋に連れ回されるそうだ」
 声は笑いながら、けどため息が混じったそれに、俺はすっと胸のなかが冷えるような気分になった。
――行かないで
 喉元まででかかったのを飲み込み、俺は「少しでも若く見えるよう、頑張って着飾らないといけないもんな」と心にもないことを口にする。
「そうだなぁ。じゃあ、おやすみ」
「……おやすみ」
 通話が切れて、俺は携帯をだらんと下ろす。
「オヤジ、なんて言ってた?」
 その場で待機してこちらをうかがっていたアサヒに尋ねる。
「バカ息子をよろしくって。いい父さんだな」
 よくもなければ父さんでもない。そう思ったけど、気づいたらため息だけ出ていた。オヤジのことを考えるのはやめよう。暗くて深いところから、足を引きずり込まれるような気分になる。
「お前の前の主人って、結婚してなかったの」
「なんだよ藪から棒に。蜜花はずっと独身だよ。だからユウヒをホントの子供みたく可愛がってた」
 いぶかしげでありながらも、アサヒは聞かれたことに素直に答えた。
「……ユウヒを? お前は違うのかよ。妹だったんだろ」
 アサヒははっとして、少しうつむく。なにか、痛ましい表情のような気がした。
「あ、いや。オレも、だな……」
 何かひっかかる言い方をされたな。そう思ったが、あえて聞かなかった。


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