つぎはぎアンドロイドと俺の七日間・2

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 一日目。
「じゃ、行ってくる。戸締りはきちんとしろ。あとガスの元栓は寝る前に閉めろ。可燃ごみの日はちゃんとわかってるか? 火曜と金曜だからな。プラは木曜、忘れるなよ。あとそれと」
「大丈夫だってば!」
 玄関口でぎりぎりまで注意事項を口頭で羅列するオヤジを、俺は追い出すようにして背中を押す。マンションの廊下まで押し出されたオヤジは「待て待て」と慌てたように手を振った。
「ホントにホントに、ほんっとに来ないのか」
「しつこい。実家ぐらい一人で帰れ!」
 ここまできたら、俺を一人にさせたくない、のではなく。自分の為についてきてほしいのかと邪推してしまう。もしかすると何か感づいているのかもしれないが、それは俺の領分ではなかった。ばーちゃんたちが考えるべきことだ。
「寂しくなったらいつでも電話しろ。俺も毎晩電話するから」
「俺をいくつだと思ってんだよ」
「でかい五歳児」
「さっさと行け! もうそんな時間ないだろ!」
 心外なことを口走るオヤジを追い払い、俺は玄関を無理矢理に占めた。鍵をかけ、チェーンまでしてから、ドアに張り付いて向こう側からガラガラとキャリーケースを引きずる音が遠ざかるのを確認する。
「やっと行った……」
 思わずため息が出た。
 なんだかんだと言っていたが、結局自分が帰省しない、という案は最後まで出ず、ほっとするような、寂しいような、複雑な気分だ。
 まあ俺の予想では、十中八九、大ばーちゃんやばーちゃんから例の話を聞かされた時点で帰りたくなると思うけど。
 さて。
 ドアから離れて俺は腰に両手をあてた。これからの一週間、一人で何をするか。一晩考えて、俺は欲求に素直になることをついに決めた。
――否、一人ではなかった。
 ツキハが居たんだった。
 朝食を食べながらのオヤジからいくつか指示を受けていて、先ほどまでは掃除機の音がしていたが、いつの間にか音はやみ、静かだ。
 俺は指示の内容まで聞いていなかったから、今何をしているんだろうと、ふと思う。別に用事があるわけじゃないけど。
 まあいいか。とりあえず、俺はオヤジの部屋に行く。
 主の居ない部屋は、昨夜見たときよりも片付いていた。
 我ながらなんて邪な、そう思いながらもオヤジのベッドにもぐりこみ、枕に顔をうずめたところで違和感を覚えた。枕カバーはさらりとして、ぱりっとノリが効いている。シーツも掛布団のカバーも同じくだ。当然期待していたオヤジの匂いは一切残っていない。
 まさかと思ったちょうどその時、洗面所からゴウンゴウンと機械の音がした。洗濯機の回る音だ。オヤジが一人で暮らしていたころから使っていた、しかもその時点ですでに型落ちだったらしい時代遅れなドラム式洗濯機は、最新型のそれとちがってひどく煩いのだ。
 慌てて俺は布団から飛び出し、大して長くもない廊下を走って洗面所に飛び込んだ。ツキハがからっぽの脱衣籠を片づけようとしている。
「嗚呼」
 俺は思わず右手で顔を覆った。
「どうかなさいましたか?」
 俺に気が付いたツキハが表情一つ変えないまま、首だけをかしげた。
「いや、なんでもない」
 あのカゴには、オヤジが脱いだシャツも入っていたな、と思うと悔まれる。昨日の内にこっそりと盗んでおけばよかった。ちらりと考えたけれど、まだオヤジが居る内は、と怖気づいたのがいけない。
 オヤジめ。まさか、気づいてた? いやいや、そんなはずない。俺は今まで細心の注意をはらってきたんだから。
「……俺の部屋のシーツとかも変えてくれた?」
「はい。和憲さまから仰せつかりましたので。なにか不具合でもございましたか?」
「ううん、そっちは、ありがたい」
 含むところがありまくりの返事だったけど、ロボットがそんなこと、気づくはずもない。


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