塔の上の王子さま ―2―

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「王子はあの塔の上におられる」
 国中から選りすぐって集められた五人の娘の前で、宰相は静かにそう宣言した。
 開け放たれた大広間の窓の向こうには、城の西側にある高い塔が見える。塔の最上部にある窓にはカーテンがかけられ、中の様子はこちらからは伺えない。
「王子に会うことができる者は妃になるものただ一人。そなたたちには王子の出す三つの課題に応えていただきたい」
 彼の言葉に、娘たちの後ろに集まる者たちがひどくざわめいた。真っ先に反応したのは五人のうち一番美しいと目される将軍の娘、ドリゼラ嬢だ。気の強そうな彼女は、不快そうに整った眉をひそめる。
「わたくしたちを試す、とおっしゃいますの?」
「左様。できぬと申すのなら帰っていただいてもかまわない」
 ムッとした様子でドリゼラが押し黙る。
 宰相は「他に質問はないか」と娘たちを見回したのち、巻いた羊皮紙を取り出して読みあげた。
「一つ目の課題は――料理!」
「料理……」
 周囲がざわめくなか、宰相は羊皮紙を高く掲げる。
「明日同じ時刻に、一番得意な料理を持って参られよ」

 ***

 翌週の月曜日。役決めを行う大事な部活の日。
「美晴、なにそれ?」
「えへへ、クッキー。うまくできたから王子先輩に食べてもらいたくて。百合菜にもあげるよ。これ得意なんだー」
 帰りのホームルームが終わった頃、教室の入り口付近での美晴と百合菜のやりとりが耳に飛び込んできた。私の席は教室の廊下側の、それも一番前だ。斜め前でやられれば聞き耳を立てずとも聞こえてしまう。
 遠回りでも後ろのドアからでようと思い、鞄に教科書類を詰め込んで担ぐ。
「あ、ねぇ亜紀」
 しかし遅かった。美晴に呼びとめられる。ニヤニヤと笑みを浮かべながら近づいてくる。
「ねぇ、掃除代わってくれない?」
 ああ、久々に口を聞いたかと思ったら、そうきました?
「えー……ごめん、部活急がなきゃ」
「それはあたしだって一緒でしょ? 王子先輩にクッキー渡したいんだよね。部活が始まっちゃったらそんなタイミングないじゃない。ね、元中のよしみってことで、お願い! じゃあよろしく!」
 一方的にまくしたてられ、返事も聞かぬ間に逃げるように美晴は教室を飛び出した。他クラスである百合菜はニヤニヤしながら私を一瞥してその後を追う。
「ちょっと!」
 出身中学が同じって理由だけで掃除を代わらなきゃならないものだろうか。
 無視して何事もなかったかのように部活に出るか否か散々悩んだあと、あきらめて私は鞄を置いて箒を取った。ここで部活に出たら何を言われるか、もしくは何をされたものか。
 中学を卒業したら疎遠になるかと思ったのに、まさか高校でも続くなんて。こんなことになるなら、別の学校を選べば良かったし、そうじゃなかったら別の部活を選べば良かったんだろうなぁ。まさか美晴が高校でも演劇部を続けるとは思ってなかった。
 運の悪いことにじゃんけんにも負けてゴミ捨てまで押し付けられてしまって、部室にたどり着いた頃には四時を回っていた。
「すみません遅れました」
「おーおはよー」
 窓辺に設置してあるホワイトボードの前で部長が名前を書きながらこちらを振り向いた。ちなみにいついかなる時も最初の挨拶がおはようなのがこの部活である。
「ごめん先に始めてた。今それぞれの希望聞いてるところなんだけど、亜紀ちゃん希望は? 上級生に遠慮せずに好きな役選びなね」
「はい……」
 ホワイトボードには役名、その下に希望者の名前が書いてある。部長が名前を書いて、今いるメンバーは終わりのようだった。
――ナターシャ、杉内美晴。
「あー……」
 遅かった。確かに遠慮せずと言われたけれど、本当に遠慮しないのか美晴は。
 三年で唯一の女子部員でもある部長は、最後の学校祭を監督として裏方に回りたいらしく台詞の少ない端役で、他の二年生はナターシャの他の四人の妃候補の娘をそれぞれ。示し合わせたかのように希望者にかぶりがない。このまま行けば、オーディションはやらないことになる。
「役名言ってくれたら名前書くよ」
 部長がペンを構えたままの状態でこちらを見た。
「あの、ナターシャ……」
「――ッ!」
 部長がホワイトボードに向かった瞬間、美晴が恐ろしい形相で私を睨んだ。全身の毛穴が一斉に開いたかのような嫌な錯覚を覚える。そんな顔したら王子先輩に嫌われますよ。まあ角度的に見えないだろうけど。
「……の、侍女役に」
「おけ、侍女ね」
 思わず付け足してしまった言葉を、取り消してもらう間もなくキュキュッとホワイトボードにペンがすべり、山田の文字が記される。
「よし、気が変わった人は? いないね。じゃあこれで決定」
 嗚呼、結局高校でも変わらないのか――。
「部長、後半の台本はどうなってる?」
 決まった配役をいつものノートに写していた川合先輩が顔をあげて尋ねると、部長はペンを弄びながらため息をつく。
「うーん芳しくない」
「大丈夫なのかよ……」
「なんとかして書くしかないさ」
「てかさ、文芸部ってみんな部室でなにしてんの? みんな机に向かってガリガリ原稿書いてるの?」
 不安そうな部長副部長に、王子先輩も口を挟む。
「んーみんな駄弁ったり漫画読んだりしてる」
「はあ!? お前そんなゆっるーい空気の中で台本書けんのか!?」
 川合先輩の大声に、三年生の会話に全く絡んでいなかった後輩たちまでぴたりと静かになった。周りの空気に部長が焦る。
「だってあそこ部室においしいお茶とお菓子も出るしソファもあるし、その上なぜかテレビまであるんだもの!」
「おま……よその部に寄生してんじゃねぇよ」
「部長まじ駄目人間」
「ううっ」
 男子部員それぞれの非難を浴びて、部長が気まずそうに唸る。部員たちをぐるりと見回してから、焦ったように手を叩いて話を打ち切る。
「はいはいはい、じゃあストレッチ始めるから片付けて!」
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