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● 魔法長女 すいかwithべいびぃ --- 7.アンサー ●

「ねえ、――きらきら?」
 帰宅して着替え、先日と同じように座敷で一人遊びをしている雨莉の元へ行き、静かに声をかけてみました。
「あーきゃ?」
 けれども雨莉のリアクションは、まん丸の目で私を見上げ、積み木を両手に掲げただけ。あの時のように流暢に喋りだしたりなどしません。
「やっぱり勘違いなのかな」
 私はため息混じりにそう呟き、積み木を受け取りました。カラフルな箱に三角や四角の形の穴が開いていて、そこに同じ形の積み木をいれてしまう、という私が小さいころから遊んでいたおもちゃの積み木です。雨莉はそれを箱に入れては取り出し、入れては取り出しを繰り返し、時には本当に積み木が違う形の穴に入らないのかを試して無理やり押し込もうとしたりして、私にも同じ事をすることを要求しました。ばらばらと勢いよく積み木をばらまいてやると、ご機嫌な叫び声をあげます。
――あのもや、本当に見間違いだったのかしら。
 あの一連の出来事が私の夢でも妄想でもなかったとして。なずなにきらきらがいたとして。でもそれが穢れるなんて。
 原因が思い当たらない。
 そりゃ、陽由くんのきらきらは卵が割れてお母さんに怒られることが怖い、ってだけであんなに真っ黒になっていたけれど。
 そんな些細なことすら、思い当たりません。
「直前に先生になにか言われた、とか? まさか」
 口に出してから、すぐに首を横に振ります。なずなは先生たちの評判もいい。運動はそこまで得意じゃないみたいだけど、それ以外は品行方正な優等生。悩みを口にするよりは、人から相談を受けるタイプで――。
 雨莉が私の後ろ側からひざの上によじ登ってきて、ころんと胡坐の中に転がり落ちてきました。私の心境とは裏腹に、きゃあきゃあと楽しげです。
 明日、ちょっと聞いてみよう。


「粋花、ちょっと」
 なずなに切り出すタイミングを伺いつつも、何事もないかのようにその日一日を過ごして、部活も終わった夕方。昨日聞いたのと似たフレーズで私を呼んだのは、先生、ではなくごっちんでした。
「なに?」
 珍しくちゃんと名前を呼ぶなんて。それにとっても真剣な顔です。給食おかわりで一対一のじゃんけんになったときぐらいしか見れない顔です。
「いいからちょっと」
 廊下からちょいちょいと手招きして、誰かを気にしているようでした。一年生や二年生は帰り支度を始めていて、なずなは顧問の先生と一緒に隣の準備室で片付けを手伝っています。ごっちんに呼ばれるまでは私もそこへ行くつもりでした。
「今日もミーティングだったからお菓子とか作ってないよ?」
「ちっげーよ」
 がっかりした様子もなく、更に珍しい。ごっちんは少しいらだったように短い髪の毛をぐしゃぐしゃとして、少しの間私の顔をじっとにらむように見据えました。
「そののんきそうな顔、やっぱり知らねぇんだよな」
「なにがさ」
「な、七草の、こと」
「なずなの?」
 ごっちんが毎回なずなの名前を言いよどむのは、本当は苗字ではなく下の名前で呼びたいからかなとぼんやり思います。頭文字は苗字と同じだから、そこまで口にして逃げてしまう。
「昨日の放課後、職員室にいたろ」
 ごっちんの話はひどく細切れで、ひどく迷っているような声でした。どうやら昨日先生に呼び出された話をしているようです。
「うん、それは知ってる」
「それで、俺もたまたまプリント出しに行ってて、聞いちまったんだけど」
「盗み聞き?」
「たまたまだって! いや、そーだけど、そーじゃなくて」
 がりがりと削れるんじゃないかってぐらいごっちんは頭をかきむしってから、深いため息を吐き出して、キッと強く私をにらみつけます。唇が少し震えていました。
「あいつ、中学卒業したら札幌にまた引っ越すって! 高校も、西高じゃなくて札幌のだって!」
「すいかー? 片付け終わっ」
「え」
 ごっちんの悲痛な叫びにも似た声と、がらりと背後でなずなが顔を出したのはほぼ同時。
「――た、けど、帰ろっか……って、空気じゃないね」
 なずなは私たちの顔を見比べて、あははと力なく笑いました。ごっちんの顔は蒼白だったけれど、その原因がなずなに聞かれたからか、廊下に来た時からそうだったかはもう思い出せませんでした。
「ほんと、なの?」
 私はどんな顔をしているんだろう。
「ええと? うん、途中からしか聞いてなかったけど」
 なずなは笑いながら、きょろきょろと視線をさ迷わせていました。後輩たちが何事かと、家庭科室からこちらを伺っています。
 まだ陽は落ちておらず、廊下も明るいはずなのに、なずなの顔が見えないぐらい薄暗く感じました。
 観念したように、なずなが「ええとね」と呟きます。
「そう、お父さんが、また、転勤で。本当は、今度は紋別なんだけど、私たちはついて行かないで、札幌のおじいちゃんちに、行く事になって」
 もやが。あの黒いもやが、言葉と息をたどたしく途切らせるたびに彼女の顔を隠していきます。濁りきって、光を通さないほど深く濃い。
「ごめんね、すいか。同じ高校、いけなくなっちゃって」
「なず」
――ドロドロ。
 そうと気づいたときにはもう遅かったのでした。
「七草!」
 ぐらりとなずなの体が崩れるように倒れ、ごっちんがとっさに彼女の体を受け止めました。けれど私はまったく動けません。
 なずなの体から黒いもやがどんどん溢れて廊下を満たしていきます。何もかもが見えなくなって呆然と立ち尽くしていると、ついっと下から袖を引かれました。
 引っ張られるままに、よろよろと少し歩いて、ようやくそれがなんなのかが分かりました。
『おねえちゃん』
「雨莉!? や、きらきら!?」
 暗い中、瞳だけがきらきらと輝いていました。
 どうやってここに? いや、それよりも。
「遅いよ! 昨日呼びかけてもでてこなかったくせに! なずなが!」
『説明はあとでちゅ。ドロドロの本体はもう外にでていまちゅよ!』
 言ってきらきらは両手を差し伸べました。手には、お母さん愛用のおんぶ紐が握られています。これを使え、ということでしょうか。
「でもなずなが倒れて」
『ドロドロを浄化しないと駄目でちゅ』
「でも」
『ぢゃないとあの人は目覚めまちぇんし、おねえちゃんはぢゅっとあの人を見ることはできまちぇん』
「っ」
 闇の中、どれだけ目を凝らしてもなずなの姿は見えなくて。だから大丈夫と駆け寄ることもできなくて。
「ちょういうタイプのちゅとれちゅでちゅ」
――またそれか。
 意を決し、きらきらを抱き上げました。暖かくて柔らかい、雨莉の体です。
「粋花? 粋花?」
 ごっちんの声が遠くで聞こえます。彼には今この状況はどう見えているのだろう。
『おねえちゃん』
 声の方を振り向きかけた私に、腕の中のきらきらが例によってデコデコの包丁の柄を差し出しました。
『変身ちてくだちゃい』
 頷いて、家にあるどの包丁なんかよりも軽いそれを引き抜きました。
「――変身!」
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