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● 魔法長女 すいかwithべいびぃ --- 6.女子中学生はやめられない ●

 それから、何事もなく三日がすぎました。
『あたしはオパール。あんた、名前は?』
『……白雪すもも、れしゅ』
「粋花、テレビばっかりじゃなくてご飯も食べなさい」
「なんだ、オパール久々に出たと思ったらまた敵なのか」
「違うよー、おとうさん。オパールはドリスペインに入ってだねぇ」
「ばあちゃん詳しいな!」
 平日早朝、いつもの我が家の朝ご飯です。
 テレビでは先週録画したものの、忙しくて見れないままでいた『ダイアモンド*ガーディアンズきらきらっ』が流れています。
「オパール、髪伸びたなー」
 おじいちゃんが納豆をかき混ぜながら、「こっちのほうがいい」と真剣な顔で頷いています。
 子供向けのアニメですが、おもちゃを見た限り対象年齢は三歳以上。一歳児の雨莉が見たって、まだ理解はできなさそうです。OPとEDが流れるたびにゆらゆら踊るようにはなったけれど。(そしてとても可愛い)ちなみにその雨莉は現在まだ夢の中です。
 つまり、雨莉のため、と銘打って録っていたはずのアニメに、大人がはまりきっている、という非常に残念な図がここにありました。
 テレビの中には、二月までやっていた前作で敵役だったころから我が家で人気があった美少女のオパールと、髪も肌も真っ白な少女――詳しく説明すると、新シリーズから出始めた新キャラ、「イノセント・クリスタル」に変身する「白雪すもも」です――が赤ちゃんのような言葉遣いで喋っています。さ行がいえないだけのきらきらよりも、更に言葉遣いが怪しい。怪しいといえば、
――夢だったんじゃないかな、と三日たった今思います。
 妹が何かに取り付かれて、私が変身して、包丁を振り回す夢。
 きらきらという名前といい、きらきらの喋り方といい、今年のダイディアの設定と微妙にかぶってるし。
 釈然としない。
「はいこれ。判子押しておいたよ。忘れず出すのよ」
 納得行かない気持ちを納豆ご飯の糸にぶつけていると、お母さんがプリントを持ってきて脇に置きました。
 先日渡された、進路希望のプリントでした。
「西高かー。星農なら俺の後輩になるのに」
 お父さんが少し残念そうにつぶやきました。
 しかし視線は私ではなく、テレビの中、イノセント・クリスタルと戦闘を開始したオパールに釘付けです。引きずるんじゃないかってぐらい長いオパールの髪の毛が、彼女の武器である斧を振り回すたびにさらさらと靡いてかっこいい。
「菊生くんとも離れるんでしょ? 寂しいわねぇ。まあ、反対はしないけど」
 お母さんが戦闘シーンに入ったテレビの音量を少しだけ下げて、ため息をつきました。
『潔くあたしと戦え、ブラック・オニキス!』
 イノセント・クリスタルは世界を破滅させる「ブラック・オニキス」という別人格を宿しており、現在のところ、反転させようとする敵勢力と、仲間として彼女を受け入れようとする主人公勢たちとの攻防が話の主軸です。
 オパールは現時点敵勢力ではない(というか、多分今回は前作ファンへのサービス回で、以降登場は下手するともうないかもしれない……)のですが、彼女は戦闘狂。最強最悪の称号をもつオニキスと聞いて敵にうまい様に踊らされていると分かっていても、黙っていられなくて飛び出してきた、というのが今週のお話です。
「わたしゃ可愛い子よりイケメンが見たいよ」
 おばあちゃんが焼海苔をぱりぱりしながら呟きましたが、おじいちゃんもお父さんも無言です。お母さんが苦笑しながらお茶を入れました。どちらかと言えば、おばあちゃんもお母さんも、ダイディアの前の時間帯に放送されている特撮の方が好きです。
 オパールが繰り返す挑発の言葉や攻撃にクリスタルの挙動がおかしくなり、反転するかと思いきや、まだまだ物語は序盤。もちろんそんなことにはならず、主人公の一人、前作でオパールのライバルであったエメラルド・クローバーが乱入してきて、あとはもういつものお決まりの展開。
 主人公たちは私と同じ中学生という設定なのに、画面の中の少女たちは変身アイテムの宝石なんかに負けないくらい、きらきらと輝いて懸命に生きています。メイン視聴者の幼稚園児どころか、同じ現役中学生、それも残すところあと一年を切った私が憧れちゃうくらい。
 アニメだって分かってるけど。
「あー負けたー」
「おじいちゃん、オパールは敵だよ。あと負けてない。引き分け」
「そうだ引き分けだな。でも今のオパールは敵じゃない。中立」
 私に言い張るおじいちゃんがお茶を飲み干して、お母さんにおかわりを要求すると、テレビの中ではエンディングが流れ、ひらひらした衣装を着た可愛い女の子七人のCGが踊りはじめていました。


「七草、ちょっと」
 その日の放課後、部活に向かおうとかばんを担いだタイミングで、担任の尾花先生がなずなを呼び止めました。教科は理科の担当なのに、授業の時以外は常にジャージなので、まるで体育の先生みたいです。
 一瞬私を気に止めたなずなですが、私が先に行ってるから大丈夫と手を振ると、頷いて先生の元へ小走りで出て行きました。学級委員を務める彼女が先生に呼び出されるのは、わりとよくあります。
 特に委員を務めていないヒラ学生の私は、おとなしく料理部の部室である家庭科室へ行って、ミーティングの準備をするのです。
 次はなにを作ろうか、なにを作ったらみんな楽しいかな。
 そんな事を考えながら一人で訪れた家庭科室に、まだほかの部員の姿はありませんでした。窓の外のグラウンドから、サッカー部が準備体操を始める声だけが聞こえます。見下ろすと、遅刻なのか、ごっちんがグラウンドを全速力で横切って部活棟に向かうところでした。
――七草さん、七草さんも料理好きなの?
――え、あ、うん……大畑さんも、料理部見学?
 そういえば、初めてなずなと言葉を交わしたのも、こんな静かな家庭科室でした。
 私たちが入学したころ、料理部は三年生一人、二年生二人の超少人数の部活でした。
 入学直後の部活見学会なのにまだ誰もきていない家庭科室で、所在なげになずなが立ち尽くしていたのをよく覚えています。不安そうに、でもほかにどうすることも思いつかなかったのか、ただグラウンドを見下ろしていました。
 思えば彼女は引っ越してきたばかりで、誰も知り合いがいないなか、心細かったのでしょう。同じクラスだった私に話しかけられて、安心したのか浮かべたその笑顔は、花が咲いたようでした。
――あれから、二年もたったんだ。
「すいか部長! おつかれさまです!」
 ラジオ体操中のサッカー部員たちを見下ろしながら感慨にふけっていると、背後でそう呼びかけられました。
「あ、おつかれ由菜ちゃん」
 一年生の一人です。続けて二年生グループもやってきました。
「おつかれさまです先輩、掃除長びいちゃて遅くなりました」
 その後ろに、階段を駆け上ったのか、髪が少し乱れたなずなの姿もあります。
「ごめん、待ってた?」
「ううん、今集まり始めたとこ。こっちこそごめん、まだなんも準備してない」
「いいよみんなでやろ」
 一年生も続々とやってきて、閑散としていた家庭科室が賑わいはじめます。電気がついて、みんなで料理部が借りているロッカーからレシピ本をたくさんだしてきて、黒板前の机に並べて。
 そういえばと、隣で去年の先輩が寄贈してくれた料理雑誌を広げたなずなに振り向きました。
「先生、なんだって?」
 ああと、なずなは渋い顔をします。
「ちょっと……来週の家庭訪問のことで」
 予定が合わなくてとなずなが顔をゆがめ、困った様に笑いました。
「ふうん?」
 なずなの答えはそれだけで、彼女は離れた机に置いた自分のかばんに、ノートを取りにその場を離れました。
「あ……れ?」
 その背中に、一瞬黒いもやが纏わりついたように見えた気がして。
 しかし瞬いた瞬間に、それは消えていました。
「なしたの? 変な顔して」
「変な顔て」
 戻ってきたなずなが訝しげにこちらを見返しました。
「そうですよなずな先輩。すいか部長はいっつもこんな顔です!」
「コラ! 由菜ちゃん!」
「まあよく見てるから知ってるけどね」
「なずなまでー」
 茶々を入れてきた後輩に言い返し、くすくすと笑うなずなはいつもの通りです。
――見間違い、だったのかな。
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