モドル | ススム | モクジ

● 魔法長女 すいかwithべいびぃ --- 5.魔法長女参上! ●

 縫い物途中のひいばあちゃんには散歩に行ってくると断って外に出ました。てっきり畑の周りを歩くのかと思ったら、きらきらは更に自転車を出す要求をしてきました。どこへ行く気なのか……。
 物置から、前かごが子供用の椅子になっているお母さんの自転車をだしました。滅多に触らないけど、まだ雨莉を乗せていないのに、すでに重たい。
「近しい人って、誰だかわかるの?」
『誰かまではわかりまちぇん。あたちにわかるのは気配だけでちゅ』
 言われるままに自転車に乗って、ついたところは最寄の(といっても自転車で十五分)の『ひょうたん沼公園』でした。
 かつてひょうたんの形をした沼を埋め立てて作られたこの公園は、パークゴルフ場を併設していて、うちのおじいちゃんもよく利用するところですが、今の時期のこの時間帯、人気もなく閑散としています。
 誰かが砂場に忘れて行った小さなバケツが物悲しい。
「誰もいないけど……というか見つけたところで私になにができるっていう……」
 雨莉を抱きかかえ、とりあえずブランコに座りました。ちょっと揺らすと、嬉しそうな雨莉、いや今はきらきら。
――まさかただ遊びたかった、とかじゃないよね。
『これを鞘からぬいてくだちゃい』
 不審に思っていると雨莉の肩越しににゅっと柄のようなものを差し出されました。引っ張りだすと、
「これは――包丁?」
 きらきらしたピンクや白のラインストーンでデコってある皮製のケースで刃が覆われていますが、どこからどうみたって包丁です。柄も左側のみちょっとハートっぽくデコレーションしてます。可愛い、のかな、これ……。
「てかこんな物騒なものどこから出した……」
 まあ、とりあえず言われるがままに抜いてみよう。
 雨莉をひざの上から下ろして立ち上がり、ケースがすっぽ抜けないように止めてあるホックをはずし、包丁を引き抜きました。
「うわっ」
 瞬間、まばゆい光が包丁から溢れ思わず目をつぶり、顔をそむけました。まぶたも貫くようなまぶしい光が収まって、恐る恐る目を開けると、
「な、なんじゃこりゃあああああ!」
 思わず刑事ドラマの殉職シーンのような悲鳴をあげてしまいました。叫ばずにはいられませんでした。息が続くまで叫んだのち、あたりをぐるりと見回して、見つけた公園の端にあるトイレに全力で走ります。
 洗面台の上についた小さな鏡のなかにいたのは、派手な格好をした、顔だけ私のような女の子でした。
『どうでちゅか?』
「どうって!」
 口をあんぐりしている間によちよち歩いてついてきたきらきらが、楽しそうに私を見上げます。
 もともとはかろうじて結べる程度の長さだった髪の毛が、伸びに伸びて頭の左上の方でサイドテールになっています。おまけに毛先はくるくると螺旋を描いて、肩より少し低い位置にあります。
 服装も、制服から一転。上半身は無地の薄い赤、胸のリボンは緑色。スカートも赤い地ですがふちが緑で、黒いドット――よく見たら、丸ではなくしずくの形をしていました――が入っています。
 このスカートのデザイン、もしや。
スイカちゅいかをイメージしてみたんでちゅけど』
「やっぱりか!」
 だからウォーターメロンじゃなくてICカードなんだって!
『まあデぢゃインは一回しか決めれないから苦情は受付(うけちゅけ)れないんでちゅけどね』
 おねえちゃんが学校に行っている間に頑張って考えたんでちゅ! と自信満々に胸(というよりほとんどお腹)をはられるとと、否定する気もうせます。
 よく見たら、髪の毛を結った丸いぼんぼりも、スイカ……。
「てかどうしてこんなことに……」
 うめくように言いながら、ずっと握り締めたままの包丁を見おろしました。いわゆる牛刀と呼ばれる形の包丁ですが、ハート型の穴が開いています。
ラインストーンといい、この趣味がきらきらのものだとするなら、ちょっと私とは合わない……。
『俗にいう「まほうちょーぢょ」ってやつでちゅ』
「魔包丁女?」
『変換するところが間違ってまちゅ』
 全然間違ってない気がしますが。
「じゃあ、魔法長女? 俗には言わないよ?」
 ふて腐れてわざとすっとボケてみましたが、さ行の言えないきらきらのことです、多分『魔法少女』とでも言いたかったのでしょう。
 魔法少女――そう聞くと、今は真っ先に、日曜朝のアニメ、ダイアモンド*カーディアンを思い出します。宝石をモチーフにしている彼女たちはあんなに可愛いのに、方や私は包丁で変身してスイカに……いや、スイカも可愛いんですけど。可愛いんですけど、名が体を現しすぎ。
「こんな格好誰かに見られたら……」
 うっかりごっちんあたりに目撃でもされたらもう明日から引きこもるしかない。というか家にも帰れません。
『大丈夫でちゅ。変身ちたおねえちゃんはあたちたちきらきら以外には見えないようになってまちゅ。それに魔法ちょーぢょって、変身ちて髪型と服装が変わったら、本人とわかんなくなるものでちょ?』
「ご都合主義だ!」
 たしかにそういう設定多いけど!
『それに持ってるモノが持ってるモノでちゅちね』
「銃刀法違反のことかー!」
 どうみたって刃渡り十五センチはあるものね、この包丁。
 まあ、見えないって言うなら信じるしかないです。
 包丁をケースに収めなおし、小さくため息をつきました。
「それで、このド派手な格好でなにをするって?」
『そこまで喜ばれないとは残念でちゅ』
 きらきらは悲しげに口を尖らせてから、切り替えるようにこほんと咳払いをして真面目な顔を作った。
『ちょの包丁、見た目物騒でちゅが、切れるモノはあんまりないんでちゅ』
「切れないモノは、でなくて切れるモノがないの?」
『はい。切れるものはたったひとつ。きらきらの溜め込んだ穢れ、でちゅ』
 小さい指をぴんとたて、『でちゅ』の言葉と同時にきらきらは小さく首を傾げました。
 卑怯だ。その雨莉の仕草は可愛いすぎる。あとで写メをとらせてもらって携帯の待ちうけにしたいものです。
「……穢れ?」
 それはさておき、ようやく本題に入ったようです。
『百聞は一見にちかず、でちゅ』
 私の手をひっぱって、トイレの外に出ました。
――ゾクリ。
 その瞬間、むき出しの腕に鳥肌がたちました。季節柄、半そでにはまだ早いから……ではありません。
 公園のブランコ、先ほどまで私たちが座っていた隣に、黒いもやがかかっています。視界に入っただけで、とても、いやな不快感が胸に広がります。
「なに、あれ」
 ずっといたんだろうか。どうして気づかなかったんだろう。
『あたちたちはドロドロ、と呼んでいまちゅ』
 ドロドロ。名前からして、それが『穢れ』なのでしょう。
『さっききらきらは正の感情で成長ちゅると言いまちたが、宿主(やどぬち)に強いちゅとれちゅがかかると、栄養不足になって、あたちたちは負の感情も食べてちまうのでちゅ』
 すごい、ストレスって全然言えてない。いやそんな突っ込みを入れられる空気ではなく。
『ちょうちた結果が、あのドロドロなんでちゅ。負の塊、みたいなものだと思ってくだちゃい。あそこにいるのはまだほとんど害はでないでちゅが、放っておくと宿主にまで悪影響がでまちゅ』
 きぃ、きぃ、きぃ、と黒いもやがブランコにゆれているのは、なんだかとても不気味です。
「害はないんだ、まだ」
 今もうすでに、とても恐ろしいもののように見えるのに。
『変身(へんちん)ちゅるまで見えなかったでちょ? その程度の害でちゅ。きっと、多分、ちょういうタイプの、ちゅとれちゅでちゅ』
 ちゅとれちゅでちゅか。
 茶化したくなる私の気持ちを察したのか、きらきらは少し口を尖らせながら私を少しじっと見上げました。
『おねえちゃんには、アレをその包丁で切って欲ちいのでちゅ』
「切るだけでいいの?」
『はい。切ってしまえばドロドロは元の何の害もないきらきらに戻りまちゅ』
 頷いて、ゆっくりともやに近づきました。包丁をケースから抜くと、きらきらと光の軌跡を描きました。
 切るだけ、と言われたってどうしたらいいのか。
 ふっとドロドロがこちらを見たような気がしました。目どころか顔も体もないような、ただの塊なのに、です。
 ぞくりと、サイドテールの毛先まで鳥肌が立ったような気持ちになりました。
『――切ってくだちゃい!』
「っ!」
 きらきらの声に、弾けるように包丁を振り上げ、横に、薙ぐ! 手ごたえなく包丁はもやをすり抜け、勢い余って私も半回転しました。
――ぼん、と背後に爆発音を聞きました。
 黒い煙が私の背中側からあふれでて、風にのって薄らいで行きます。
 やった? やれた?
 確認すべくあわてて振り向くと、
「すいかお姉ちゃん?」
 ブランコにゆられていたのは、ドロドロではなく、きょとんとした顔の男の子――斜め向かいに住む、伊藤さんちの陽由ひゆくんでした。
「陽由くん!? どうして!? というか見えて――」
 きらきらのうそつき! 見えないって言ったくせに!
 明日からもう引きこもるしか――いやそれ以前に小学生の前で包丁を持ってたら完全に御用だ! お巡りさん、私です!
 パニックになりつつ、せめてもの悪あがきに包丁だけでも隠そうと自分の手を見ると、いつの間にかあのやけにデコデコした包丁は跡形もなくなくなり、服装もいつものなんの変哲もないセーラー服です。
「卵、転んで割っちゃったの……」
 いつの間にどうして、と思うよりも先に、陽由くんがぐすんと鼻を鳴らしながら、私の先ほどの問いに対する答えをつぶやきました。
 今年小学校一年生になったばかりの陽由くんの小さなひざ小僧の上には、お使いの帰りなのか、エコバックに入った卵のパックがあります。ところどころ殻が割れ、黄色い中身がもれ出ていました。
「お母さんに怒られちゃう」
 陽由くんの声は不安で不安で、今にでも消えてしまいそうなものでした。
 なんとなく納得して、私は長い息を吐き出しました。
――ちょういうタイプのちゅとれちゅ、か。
 そしてひざを折り、陽由くんに目線を合わせます。
「大丈夫、無事なのも沢山あるし。一緒にお母さん謝ってあげるよ。帰ろう?」
 涙をぬぐって、陽由くんが頷いて立ち上がると、とてとてときらきらがそばまで歩いてきました。私のひざあたりにがっしりとしがみつくと、屈託のない笑顔でこちらを見上げます。
「まんま?」
――違う、雨莉だ。
「そう、まんまの時間だね、帰ろうね」
 居なくなったということは、これできらきらを助けられたんだろうか。
 そう思いながら雨莉を抱き上げ、陽由くんと手をつないで歩き始めました。
 日は落ちかけ、山並みの間に太陽が吸い込まれて行きます。
 西の空には宵の明星が、きらきらと輝きはじめていました。
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2013 chiaki mizumachi All rights reserved.