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● 魔法長女 すいかwithべいびぃ --- 4.きらきらについて ●

 月曜日は部活(料理部に属してます)がないので、真っ直ぐ家に帰ります。
 見たところ苗植えの進捗状況は三分の一、といったところでしょうか。だけど平日、学生である私は農作業免除を言い渡されています。だからもう、頭の中はお昼寝のことで頭はいっぱいです。
「粋花ちゃんおかーりー」
 欠伸をかみ殺しながら家にあがると、ドアを開け放ちたままの奥の部屋から、間延びした声が聞こえてきました。
「ひいばあちゃん、ただいまー」
 ひいばあちゃん(お祖父ちゃんのお母さん。むつかしく言うと曾祖母?)が、ニコニコと笑いながらこちらに手招きしましていました。周囲には藍色の地に朝顔の柄が散らば反物が広がっています。
「浴衣だ!」
 大正生まれのひいばあちゃんは、足腰が悪く畑に出ることはしませんが頭はしっかりしていて、老眼ながらも暇を見つけてはこうして私のために縫い物をしてくれます。毎年「歳だし、今年が最後かもねぇ」なんて言うけど、時期になるとしっかり準備してくれる優しいおばあちゃんです。
「今年は雨莉ちゃんの分もおんなじので作るからねぇ」
 ひいばあちゃんがのんびりとした声で、机の上にある同じ柄の反物を指しました。
――そうだ、雨莉。
 忘れていたわけではないけれど、考えないようにしていました。
 今朝は会えなかったので、今日はまだ顔を見ていません。
「ひいばあちゃん、雨莉は?」
「座敷でご機嫌に遊んどったよ」
 目を細め、手馴れた手つきで針に糸を通して縫い物をはじめたばあちゃんにお礼を言って、隣の部屋――仏壇のある座敷を覗きました。
 まだ夕方なのに薄暗い部屋の真ん中に、丸い背中が見えました。
――ご機嫌に遊んでいる、とばあちゃんは言っていましたが、おもちゃが散乱する中、雨莉はそれらで遊ばずに、壁に掛けてある遺影を微動だにせず眺めています。
「雨莉?」
 問いかけると妹は、ゆっくりとこちらを振り向いてにっこりと笑いました。きらきらと光の残滓が見えたような気がしました。
「じゃ、ない……ね」
『おかえりなちゃい、おねえちゃん』
 瞳がキラキラと輝いています。そして滑らかな口の動き。雨莉ではなく『きらきら』なのでしょう。
 私はひいばあちゃんに気づかれないよう戸をそっと閉めて、ドキドキと緊張で早鐘を打つ胸を押さえてきらきらに近づきました。
 夢じゃなかった。いや、これも夢?
――夢じゃないとしたら、雨莉は?
 急に怖くなって、きらきらの肩をつかみました。
「雨莉は? 雨莉はどこ? あなたは一体、なんなの?」
『心配しなくても、目の前の雨莉がおねえちゃんの妹の雨莉でちゅ。あたちは一時的に雨莉の体を借りているだけ。現におねえちゃんが帰ってくるまでは、きちんと雨莉は雨莉として、楽しくおもちゃで遊んでいまちたよ。今は遊び疲れて眠っていまちゅ』
 叫びに近かった私の質問をさえぎるように、きらきらは冷静にそう答えました。
 雨莉は無事……それを聞いて、想像以上にほっとしました。小さな肩から手を離して、はあと思わずため息をついて座り込みました。
『ヒトは家族があって、いいでちゅね』
 並ぶ遺影を見上げてきらきらはそう呟きました。
 視線の先にはひいばあちゃんの旦那さんである私のひいじいちゃん、ひいひいばあちゃんとひいひいじいちゃん、そのまたひいひいひい――とにかく三代分の私たちのご先祖様の写真が並んでいます。
「……あなたにはないの?」
『あたちたちにはおぢいちゃんもおばあちゃんも、両親(りょうちん)もいまちぇん。いや、いると言えばいるのでちゅが……どちらかと言えば、あたちたちは種で生まれる、植物(ちょくぶつ)に近い生き物なんでちゅ』
 種? 植物? つまりそれは……雨莉に植えつけられた、ということ?
「それが一体どうして雨莉に……?」
 私の疑問に、きらきらはふにゃっと笑いました。紛れもない、雨莉の笑顔です。
『なにもあたちたち、きらきらがいるのは雨莉に限ったことでははありまちぇん。ヒトのほとんどにいまちゅよ』
「わ、私にも? いるの? その、きらきらが」
 思わず胸を押さえました。自分の中に別の生き物がいる――不安だけど、不思議な気分です。
 しかしきらきらは私の手元をじっと見てから、首を横に振りました。
『いいえ、「もう」いまちぇんね。あたちたちは普通、ヒトの思春期(ちちゅんき)ごろまでに成長ちきって、巣立(ちゅだち)ちゅのでちゅ』
 今更気づきましたが、きらきらは、さ行がうまく言えないようです。一瞬なんと言ったのか分からない瞬間もあります。雨莉も喋りはじめたら、そうなるんだろうか。
 ともあれ、いない、そう言われて少しほっとしました。知らないうちに雨莉のように体をのっとられるのは、とても怖い。
 でも昔はいたのか……。
『いても、こうして表層に出てきてヒトとお話ができるものは、ちょう滅多にないんでちゅ。だからお姉ちゃんのきらきらも、表に出てくることはなく、ひっちょり成長して、こっちょり出て行ったと思いまちゅよ、多分』
 見透かすようにきらきらが付け足しました。多分はちょっと余計かな。
「じゃあどうしてあなたは? それに昨日、助けてって」
 それまでにこにこしていたきらきらはふっと真面目な顔をして、両手を差し伸べました。これは雨莉もよくやります。だっこして、という要求のようでした。
 抱き上げるとひっしと服をつかんでくるのも、雨莉と同じです。
『あたちたちは寄生ちたヒトから、嬉ちいや楽ちいと言った正の感情で成長ちまちゅ。ちょれが健全に得られている間はきらきらは目覚めまちぇん。つまりあたちが目覚めたということは』
「雨莉の調子がおかしい、ってこと?」
『いいえ、雨莉ではありまちぇん。雨莉の近しいヒトの中にいるきらきらでちゅ。本人にはどうちゅることもできまちぇん。周りの者が助けるんでちゅ。おねえちゃんには、その人を助けてほちいのでちゅ』
 助けるって言ったって……どうやって?
『外にでまちょう。ちゅれてってくだちゃい』
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