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● 魔法長女 すいかwithべいびぃ --- 2.走れママチャリ! ●

 朝ご飯を終えると、田舎くさいと定評のあるセーラー服を着て、髪型が崩れてダサいと評判のヘルメットを被り、ついでだからと久々に玄関まで見送ってくれたお母さんに手を降って、学校に向かうべく、自転車に乗って家を出ました。
 ゴールデンウィークを終えて一週間がたった、五月中旬の空は雲一つない晴天。久々に暖かい日です。
 畑の前を横切ると、トラクターを運転するうちのお祖父ちゃんと、その後ろを歩いてついていくお祖母ちゃんが気づいてこちらに手を降ってくれました。
「行ってきまーす!」
 私の家はたまねぎ農家を営んでいます。今年の冬は長かったため、畑の雪がなかなか無くならず、苗植えの時期がずれ込んで(早い時にはゴールデンウィーク前に始まります)一昨日からようやく始まりました。秋の収穫の時期も好きだけれど、この時期が一番好きです。閑散とした畑が賑やかになって、やっと一年が始まった気分。
 私が通う星見沢市立緑中学校までは自転車で三十分ほど。そのほとんどが畑に囲まれたなにもない道を通って行きます。星見沢市は道内でも取分け雪の多い地域なので、冬場はスクールバスがあるのですが、夏はこうしてひたすら自転車を漕がなければなりません。
「ふあ……あ」
 途中、踏み切りで電車が通り過ぎるのを待っていると、大きな欠伸が一つ。
「眠い……」
 今日は学校から帰ったら、夕飯までお昼寝したい。寝坊するほど寝たはずなのに、実のところ全く寝た気がしません。
 変な夢を見た気がします。夢にしてはリアルだけれど、リアルにしてはありえないので夢だと思いたい、そんな夢でした。
 昨日遅くまで起きていた――とお母さんが言っていましたが、本当は早くに寝て、一度も起きてはいないはずなのです。
――あれが、夢であるならば。
「なーにぼんやりしてんだ?」
 一体どういうことかと思っていると、斜め後ろから、からからかうような楽しげな声が聞こえました。
「ごっちん!」
 振り向いた私に、ごっちん――フルネームは御形菊生という名前です――が相変わらず年中日に焼けて真っ黒な顔でニシシと笑いました。緑中一、指定自転車用ヘルメットの似合う男と密かに呼ばれている彼は、うちの三軒隣に住む(といっても四百メートルほど先にあります)、同級生の男の子です。多分、幼馴染という間柄に入るのでしょう。
「おはようでんすけ!」
「おは……もーやめてよでんすけは」
 でんすけ、とは北海道産の某スイカに由来した小学校からの嫌なあだ名です。そもそも私の名前はスイカではなく粋花で、発音も果物のそれじゃなくて、電子マネーのほうだし。まあそんなことより。
「昨日はありがと。うちのお父さんもお祖父ちゃんも助かったって」
 昨日の日曜、ごっちんはおじさんと一緒にうちの苗植えを手伝いに来てくれたのです。うちの男手はお祖父ちゃんとお父さんだけなので、とても助かります。
「いやいや、かまわんよ、今週末はこっちがコキ使うし」
 ごっちんがニカッと笑った途端、私たちの前を沢山のコンテナをつなげた貨物列車が通り抜けていきました。
――なにか不吉なことを聞いた気がしますが、電車の音で聞こえなかったことにしようと思います。下心があるのは分かっていたけど、そっちもか。
 やぶ蛇とはこのことかと思いつつ踏み切りを越え少し行くと、街の方まで続く国道に出ます。
 建物がだんだん増えていき、学校が近づいてきたところで、後ろをついてきていたごっちんがそわそわし始めました。信号で止まるたびに、自転車のハンドルに取りつけてあるミラーを見ながらヘルメットから僅かにのぞく前髪をいじっています。
 ごっちんたら、分かりやすい。本当に分かりやすい。そんなところいくら弄ったところで、突如イケメンになったりはしないのに。
 そんな涙ぐましい努力を尻目に、学校の手前の交差点で、私は自転車を止めました。左手から歩いてやってくる友達を見つけたからです。それを合図に、ごっちんのそわそわがピークに達したようでした。道中は見ていてウザいけど、ここまできたら面白い。
「なずな!」
 手を降ると、気づいた彼女がこちらに走ってきます。
「おはよー、すいか」
 胸より少しだけ高い位置まである長い黒髪を、邪魔そうに後ろにやって、にこりと微笑みました。少し走っただけなのに、その白い頬がピンク色に蒸気しています。
 ああきっと、こういうところが男子に人気なんだろうなー。
「おはよー」
「お、おはよう七草」
 彼女は七草なずな、どれだけ「な」が好きなんだ、って名前の、私の親友です。ついでに言うと、現在私のオマケとしてくっついている後ろのごっちんの、初恋(私が知る限りでは)のお相手。
「御形くんもおはよう」
 ……でも、なずなの反応を見た限りでは、あまり脈はなさそうな様子です。知り合って三年なのに、未だに苗字に「くん」付けだし。
 そこからは自転車を押して、ちゃっかりごっちんも混じって、三人で歩いて学校に向かいます。といっても学校すぐそこなんですけど。
 そうそう、なずなにもお礼を言わなくちゃ。
「昨日はありがとー。筋肉痛とかなってない? 日焼けとか大丈夫?」
 彼女もまた、昨日苗植えを手伝ってくれたのです。うちにあるモンペや腕抜き、ずきんのようにすっぽり被る帽子を貸したら普段のなずなの清楚な様子はどこへやら、すっかり農家のおばさんみたいになっちゃってて、二人でお腹が痛くなるまで笑いあいました。
「筋肉痛はちょっとあるけど、大丈夫! 楽しかった!」
 なずなは小学校までは札幌に住んでいた生粋の都会っ子で、勿論おうちは農家ではなくお父さんは普通の会社員なので(確か銀行にお勤めだったかな?)、農作業なんてほぼ初めて。手伝って貰ったのは、苗の育成時点でどうしても抜けができた箇所に挿し苗をすることで、しゃがみこんで立ち上がっての繰り返しの作業のため、慣れていても結構大変だったりします。
「お土産に貰った人参のケーキ、とってもおいしかったよ。弟たちが取り合って喧嘩になっちゃって」
 なずなには小学生の弟くんが二人います。私は挨拶する程度にしか会ったことはないけれど、なずなの話によればヤンチャでかなりいたずらっ子。でもどっちもお姉ちゃんが大好きらしいです。
 まあそうでしょうとも。私の親友は優しく時には厳しく、真面目で頭もいいし、なにより可愛いんだから。
 こんなお姉ちゃんが欲しかったし、私もこんなお姉ちゃんになれたらいいな、と思います。まあ可愛くはなかなかなれないけど……。
「ホント!? じゃあ次は、もっと沢山作るね!」
 私の言葉に、なずなが嬉しそうにお願いねと頷きました。
 誰かの喜ぶ顔を見るのはいいものです。昨夜感じた不安や恐怖を吹き飛ばしてくれそう。
「たまねぎの収穫の時も……絶対呼んでね」
「勿論!」
 むしろこちらが頼みたい側なのに、これじゃ立場が逆じゃない。
 俺も俺もとごっちんが遅れてアピールをしていますが、本人が嫌がったっておじさんが首根っこつかんでつれてくるでしょう。
 自転車置き場にたどり着いたところでチャイムが鳴り響き、私たちは慌てて校舎へと走りました。
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