アニキがシスコンを拗らせすぎて××になった件について・6

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「ねーお兄ちゃん。今いい?」
 夕飯を終えてバイトに母さんの仏壇の前でぼんやりしていたら、小夜がふすまの隙間からひょっこり顔をだした。さっきまで洗い物をしていたためか、まだエプロンを着ている。
「どうした?」
「大兄ぃのことなんだけど」
 声を潜め、小夜はそろそろと和室に入ってくると後ろ手でふすまを閉めた。俺の隣にすとんと正座する。
「最近元気ないと思わない?」
「あー……」
 やっぱり小夜の目からでもそう映るのか。
「お兄ちゃんのことだから、あれから先生に連絡してないと思うの。どう思う?」
「さあ……」
 俺としては、気になりはするが、おとなしい分いいのではないだろうかと思い初めているところだ。
「先生にメールしてもお兄ちゃんの事だけ華麗にスルーされるし」
「メールしてんのかよ」
 あんなことがあった後で……。
「だってテスト前だったんだもん。仲兄ぃに数学聞いても教えてくれないだろうし、大兄ぃ上の空だし」
 小夜が口を尖らせる。別に中学レベルの数学ぐらいなら、文系の俺だって聞いてくれれば多少は教えてやれると思うのだが……。
「それに別に先生は悪くないし」
 ほう、言い切るのか。
「結局誰がやったかわかんないんだろ」
 俺が言うと、小夜は丸い目をぱちくりさせた。
「あれ、言わなかったっけ? すみれちゃんがやったって」
「なっ――気いてない!」
「あれ、そうだっけ。大兄ぃには言ってごめんなさいしたんだけど」
 またかよ! 前にもあったなこんなこと。
「すみれちゃんって、確か、あの騒動の前に遊びに来た子か」
「うん」
「なんであの子が」
 理由がさっぱり分からない。
「あたしが悪いんだよね……」
 小夜はしょんぼりとうなだれた。
「すみれちゃん、お兄ちゃんのこと好きだったんだって」
「まじか」
 あの自惚れ当たってたのか。
「つーかそこまで会った事なかったろ」
「まあ、好き? っていうか、憧れ? っていうか、そんなのらしいんだけど」
 小夜が首をかしげる。まあつまりそこまでの物ではなかった、ということか?
「んで、それとこれと?」
「お兄ちゃんたちつき合ってるんだよーって話をしてしまい……」
「はあ?! アホか!」
「というか、居間で手をつないでいたので話さなくても……」
「兄妹そろってアホか!」
 思わず頭を抱える。
 時と場所と状況を考えろよバカアニキ。
「それで、先生がうちで問題を起こせば、お兄ちゃんとは別れるんじゃないかって考えてあんなことしたらしいんだけど……まあ、それはいいの。すみれちゃんも反省してメールでだけどお兄ちゃんたちに謝ったしあたしも謝ったし」
「よくねぇだろ……」
「大兄ぃは許してくれた。あたしも許した。仲兄ぃはなんも被害ないじゃん」
 まあ、確かに。
 俺は第一発見者なだけで、殴られたのは殴られたが、それはアニキにだし、すでに謝られた。
 しかしアニキと登坂さんの関係が一人とはいえ外部に漏れたわけで。
「……お前さー。前々から思ってたけど、アニキが男と付き合ってて平気なわけ」
 俺が尋ねると、小夜は小さく首をかしげて、逆に問う。
「仲兄ぃは平気じゃないの?」
「平気じゃねぇから聞いてるんだよ……つか、質問を質問で返すな」
「えー」
 なにやら不満そうに口を尖らせたが、やがてちょっと気恥ずかしそうにエプロンをもじもじと握った。
「だって、人を好きになるのは素敵なことでしょ?」
 そういやこいつ、女子中学生だったなと思い出した。借りたり買ったりとしているあたり、人並みに少女漫画が好きなようだし、その感性から言えば、男同士でも、アリ、なの、か?
「そりゃあ欲を言えば、お兄ちゃんはもう二人もいるから、どっちかといえばお姉ちゃんが欲しかったけどさー。でも、あたしと仲よくしてくれるとは限らないし」
 悪かったなお兄ちゃんで。
「先生はいい人だし、それにお兄ちゃんのこと本当に好きなんだよ」
 一体二人でどんな話をしたのだろうか。間違っても俺が昨日交わしたような話ではなかったろうが。
「あたし、お兄ちゃんのこと決めた事、信じてるからね。ケチつけたりしないよ」
 小夜は知らない。その信じてるアニキが自分にどんな感情を抱いているかを……。
「でも結果的にケチつけたみたいになっちゃったけど……だから何かできないかなって思うの」
「そうか……」
「何かないかなぁ。大兄ぃずっと家にいるし、てことは全然デートしてないってことでしょ? どうしたらまた家に来てくれる? きっと、先生に会えば大兄ぃも元気になるよね?」
 と、聞かれたところで登坂さんと特に接点もなかった俺に妙案などあるわけがない。真剣な小夜には中々言いにくいが、真剣に考えてやりたいほど乗り気でもない。家の中でイチャつかれている場に鉢合わせしたら目も当てられない。
「私、また先生に勉強教えてもらいたいな……」
 小夜がしょんぼりする。そんな顔をされると、何か言わねば、という気になる。
「……あ、そういや、俺こないだ登坂さんに会ったわ」
「えっ、いつ、どこで? 先生元気だった?」
 ずい、っと小夜が前のめりになって膝を寄せてきた。変わり身早い。
「一昨日バイトで。あの近所らしい。元気そうだった。お前がお好み焼きやりたがってるとは、言っといたけど」
「え、本当!? それで? いつ空いてるって?」
「いや、別れ際にチラっと言っただけだし、特になにも……」
 ついに正面から俺の膝の上に手をついて顔を近づけてきた小夜が、それを聞いて一気に突き放す。
「お兄ちゃんのバカ! それじゃ社交辞令と一緒じゃん! そんなだからモテないんだよ!」
「そこまでひどい事言われるレベルの話かこれ!?」
 気にしてるんだからなそれ!
「うーん。分かった。思いついたから、ちょっと待ってて」
 小夜は少し考えると、おもむろに立ち上がり、和室を出て行く。そしてすぐに戻ってきた。
 手には、携帯電話が握られている。
「はい、これで先生に電話かけて」
 渡されたスマホの待ち受け画像は、アニキと小夜のツーショットのプリクラだった。プリクラ独特の加工されまくった二人の顔に、違和感を覚える。いつ撮ったのかとしばし眺めて、気付いた。
「ってこれ、アニキのか!?」
 兄弟そろって同じ機種をつかっているので、一瞬小夜のかとも思ったが、アプリの入り具合からしてアニキのだ。
 つかプリクラ、二人で行ったなら俺も誘えよ。
「今大兄ぃお風呂入ってるから」
「なんでこれだよ!?」
「ほら、お兄ちゃんたちの声電話だとどっちがどっちか分かんないくらい似てるでしょ。これで、大兄ぃのフリして電話かけて呼び出すの」
「いや意味わかんねぇ。お前の電話でお前がかけりゃいいべ」
「何度かかけてみたけど、先生あたしの電話に出てくれないんだもん。きっと大兄ぃの電話ならでるよ!」
 我が妹ながら、思いつくことが恐ろしい。
「つか、ロックしてないのかよ……」
「ううん、してあったよ。結構簡単に解除できた」
 続けた数字は確かに馴染み深い日付だ。
「お母さんの命日だね……」
 しみじみ遺影を見上げながら言ったが、いや多分お前の誕生日の方が強かろう。
 つかこれ、バレたら俺がアニキに殺されるんじゃねぇの。
「明日暇かどうか聞いて、一時に約束とりつけてね。あたしの名前は出しちゃ駄目だよ」
 そばにくっついた小夜が、俺の手の中のスマホをなれた調子でいじり、発信履歴の二番目――一番上は小夜だった――から登坂さんを選んで発信する。
「ちょ、まだ心の準備ついてないけど! てか明日って急じゃね!?」
「こういうのは勢いだよお兄ちゃん!」
 焦っていると、登坂さんはすぐに電話に出てしまった。
『もしもし?』
「……お、俺だけど」
――オレオレ詐欺か!
 内心自分で自分に突っ込みながら、登坂さんの反応を待つ。
『どうしたの大翔。こんな時間にまた?』
 とりあえず第一声でバレることはなかった。少し怪しまれているような気がしないでもないが。
「明日、暇か?」
 アニキのフリをして雑談できるわけもなく。唐突に本題に切り込む。
『明日? 暇、だけど?』
 隣で耳をそばだてていた小夜の瞳が輝く。行け、とばかりに小さなガッツポーズをした。
「うちに来ないか? 一時とか」
 登坂さんはすぐに返事をしなかった。心臓が口から飛び出しそうだ。
『え……いいの? 大丈夫?』
 やっと返事があったが、やばい、なんか怪しんでる気がする。
「いい」
 というか、アニキ、こんな話し方で良かったっけ? もっと普段から観察すべきだった!
『大翔がいいっていうなら――お邪魔するね』
「ん、明日一時に、じゃあな」
 アニキに聞こえますように、せめてバレてるなら言ってくれますにと祈りながら、通話を切った。
「あぁ……」
 ため息をつく。ぶっちゃけ俺だってバレてる気がする……。いや、アニキだと名乗ったわけじゃないから嘘はついてないし。
 小夜が俺のわき腹に抱きついてきた。
「仲兄ぃありがと! 大兄ぃぽかったよ! あたしも頑張って美味しいお好み焼きつくるね!」
「いーから、アニキ風呂上がる前に返してこい」
 五年分ぐらいの疲れがどっと押し寄せる。小夜が携帯を返しに行くのを見送って、俺は畳みの上に寝転んだ。
 母さんのさかさまの笑顔を見ながら、ため息が出た。


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