アニキがシスコンを拗らせすぎて××になった件について・7

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「先生、ちゃんと来てくれるかなぁ」
「今更言うなよ……」
 ホットプレートを前に呟いた小夜に、ソファから突っ込む。こちらは死刑判決を待つような気分だというのに。
「んで肝心のアニキはどこ行った」
「アイス買いに行ってもらった!」
「あいつ絶対自分と小夜の二人分しか買ってこないだろ……」
「半分個すればいいよ」
 誰と誰とが分け合うかによって、血で血を洗うことになりそうだが……。
 小夜が落ち着かなさそうにうろうろと台所と居間とを行ったり来たりしている。俺も読んでも居ない小夜の少女漫画の同じページを三度ほど繰り返したところで、ピンポーンとチャイムが鳴った。
「来た!」
 小夜が飛び跳ねて、小走りで玄関に向かう。
 俺はどうするべきなのか。一緒に出迎えるのは変だろうし。
「な、仲兄ぃ……!」
 とりあえず漫画本を閉じたところで、玄関から悲鳴のような小夜の声が聞こえた。
 嫌な予感しか感じないが、呼ばれてしまった以上行くしかない。重い足取りで向かうと、コンビニ袋をぶら下げて、仁王立ちするアニキの姿が見えた。その後ろには登坂さんもちゃんと居る。
「これは説明してもらおうか? バカ弟」
 ああ、死刑判決きた。
「ち、違うの、あたしが仲兄ぃに頼んだの! お兄ちゃんたち仲直りさせようって!」
「仲直りぃ?」
 すがるような声の小夜にコンビニ袋を押し付け、家にあがったアニキは俺の腕を掴んだ。さながら連行である。
「まあいい。小夜は修と居間で待ってろ」
「お兄ちゃん!」
 そのまま半ば引きずられるようにアニキの部屋に連れて行かれた。
「座れ」
 アニキの部屋なんて最後に入ったのはいつだったか。自室の掃除は自分で、がルールだし特に用もないからもう何年も来て居ない。ちらりとドアの隙間から見るだけだ。
 大学院生らしく、デスクのパソコンの上には論文らしきプリントが置いてあり、本棚には小難しそうなタイトルの本が並んでいる。
――に混じって、出家入門とか書いてある本があるのは突っ込んでいいのかこれ。
「ああ、これな、小夜とホントに血が繋がってるか戸籍確認したあとに勢いで買った」
「マジなにしてんのお前……」
 二つの意味で。どんだけ顔似てると思ってるんだ。
「で」
 回転椅子に座ったアニキがベッドに腰掛けた俺を睨む。
「――修からなに聞いた」
 続いた言葉は思っていたのと微妙に違った。電話の件より前の話か。
「なにって。実兄がガチの変態だったって」
 俺の答えにアニキが眉をひそめる。
「あの野郎、アイス買いに行くって出ていったのに中々戻ってこないと思ったら……」
「ん?」
 聞き捨てならない事を呟かれた気がする。
「小夜に言ってないだろうな」
 それを俺が追及する前に、アニキが更に尋ねた。
「言えるわけないだろ……」
「そうか」
 アニキは、デスクに肘をついて、眉間を押さえた。安堵なのか、別のものなのか分からないため息を吐き出す。
「つか……今戻ってこないとかなんとか言わなかったか」
「あ?」
 うわ柄悪ぃ。
「電話してた……?{{半角}}{{!?後空白}} いや」
 口にしてから、あの、アイスとカップ麺という妙な組み合わせの理由に思い至る。確か味噌味。アニキがよく食べてるメーカー。
「あのラーメンお前のか……」
「兄にお前とはなんだ」
「妹を妹と思ってない奴に言われたくねぇよ」
「妹を妹だと思ってるからこうなってるんだ」
 ため息混じりで開き直られた。
「家で小夜と居たんじゃなかったのかよ」
 少なくとも俺がバイトに出かける前は家にいたはずだ。小夜は寝る直前だったが。
「あのな、恋人に会いたいと言われたらなるべく都合をつけるし、会いたいと思って相手の都合がついたらなら、出掛けるのは普通だろ」
 更に開き直った辺り、小夜が寝た後にでも家を抜け出したらしい。――どっちが会いたがったのかは知らないが。あまり考えたくない。
「つまり普通に二人とも連絡取り合ってたと……」
 小夜と俺のもやもやとはなんだったのか。
「むしろなんでしてないと思ったのか逆に気になる」
「今までの行い」
 タラシだったし。
 断言するとアニキががっくりと項垂れて呻く。
「まさか小夜もそう思ってるのか……」
「思われてないとでも思ってたのか。まあ、純粋に自分のせいだと思って責任感じたんじゃねぇの」
 というより自分が登坂さんに会いたいからのような気もしたが。
「……聖女か」
「きもい反応すんな」
 感動なのかなんなのか、項垂れたまま目頭を押さえたアニキは、ややあってまたため息をつく。顔をあげると、俺を真っ直ぐに見た。
「俺もそう思う」
――それを気持ち悪いと思う感性を大翔は持ってるよ。
 登坂さんの言葉を思い出す。
「小夜とずっと一緒に居たいとか、誰にも渡したくないとか、家族じゃなきゃ良かったのにとか、気持ち悪いよな」
 気持ち悪い、とアニキは自身の事をそう繰り返した。
「この際だから言うけど、今はないが、夢に見たりしたし、小夜が他の男と話すのにイラついたりもしたしな」
 お前とかな、と言われ、思い当たる節もないでもない。まあ、今も昔もさして変わらない気もするが。
「修とは喧嘩してたわけじゃねぇよ。安易に関係を表に出したから、今回の騒動に繋がったと思っただけだ。また公言する前に戻しただけで」
「――そもそも、なんで登坂さんに家庭教師なんて頼んだんだよ。たとえ頼んでもつきあってるなんて言わなきゃ良かったろ」
「単純に、家庭教師の件は修なら小夜を預けても大丈夫だと思ったから。最近お前も家に居ないことが多いから小夜一人だし、あいつは非常識な食生活してるし、たまにでもうちで飯食えば一石二鳥だと思った。それに家族に隠すようなつき合い方はしてない、と思ってるからな」
 思い切って口を挟むと、アニキは珍しくいとも簡単に答えてくれた。
「でもどちらにも迷惑がかかるくらいなら、続ける必要はない……と思ってたんだが。修も小夜の事気にしてくれて。お前もお前で俺のフリなんかしやがって」
 それはきっと、あれ以来こいつが無理をし始めたからだろう。
 夜中に出歩いて登坂さんに会いに行ったり、つんである論文を見る限り研究も忙しいだろうに家に持ち帰っている。誰が見たって疲れた顔をしている。
「小夜に頼まれてなきゃしてねぇよ」
「お前も大概だな……自覚ないのか?」
 よく分からないことを言われた。
「まあ、話は終わりだ。お好み焼き食いにいこうぜ」
 ぎしりと音を立てて、アニキが回転椅子から立ち上がる。
「にしてもあいつ、俺の声好きだって言ったくせして、電話でお前と普通に間違えてやんの」
 さり気なく惚気られたが、聞き流してやろう。


「仲兄ぃ大丈夫? 喧嘩してない?」
 アニキの部屋を出ると、心配そうな小夜が出迎えた。
「ああ、大丈夫」
「ホントに?」
 答えたアニキに、小夜が疑いの眼差しを向ける。
「小夜ちゃん、ホットプレートそろそろいいんじゃないかな」
 登坂さんが話題を切り返るようにテーブルの上をさした。
「お好み焼き焼いていいんだよね? 先生もお兄ちゃんたちも食べるよね? 帰ったりしないよね?」
 念を推すように確認され、それぞれがテーブルについた。小夜だけが立ったままで、ホットプレートの上に予めすでに仕込んであったお好み焼きの生地を丸く流す。
「――まあなんにせよお兄ちゃんと先生が仲直りしてよかった」
「そもそも俺らは喧嘩してなかったんだが」
「えっそうなの?」
 生地の上に豚バラを広げた。豚玉だ。
「じゃあなんで先生うちに来てくれなかったの?」
「色々重なって忙しくなっちゃって……メールだけでごめんね。でももう落ち着いたから」
 口裏を合わせているらしい登坂さんの言葉に、パッと小夜の顔が明るくなる。
「良かった! 先生の教えてくれたところちょうどテストにでたの!」
 ぱたんとお好み焼きもひっくり返って綺麗な狐色が見えた。おいしそう、と思わず呟かれた言葉に、小夜は得意気に胸を張る。
「お好み焼きのコツはね、ヘラで絶対押さえないことなんだって。お父さんが言ってたよ」
「へー」
「前に帰ってきたときにお父さんに食べて貰ったら、これでいつでもお嫁に行けるって」
「なんて事を言うんだあのオヤジ……十年早い」
 隣で小さく悪態をついたアニキだが、確かに十年近く早いと思ったので何も言わない。
「小夜ちゃんは……好きな人でもいるの? お嫁に行きたいの?」
 一度アニキの方を見た登坂さんが、恐る恐る尋ねる。
 えっ、と小夜は驚いた顔で首を横に行った。
「いないよー。クラスの男子ってなんか子供っぽい感じするし」
 どことなくほっとした空気もつかの間、でも、とお好み焼きを格子状に切り分けながら妹は続けた。
「付き合うなら仲兄ぃみたいな人がいいなー。鈍感だけど、優しいし。でもクラスには居ないよね。年上かなぁ」
「なっ」
「にぃっ!?」
 はいと皿に載せたお好み焼きを渡しながら笑いかけてきた小夜に、アニキと二人して叫ぶ。そして即座にアニキの尖った視線と目があった。
――小夜よ、それは俺の死亡フラグだ。


(終)


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