アニキがシスコンを拗らせすぎて××になった件について・5

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「またため息ついてる。今日何度目だよ」
「う」
 青山に指摘されてようやく気付いた。バイト中だというのに、しっかりしないと。住宅街の中にあるバイト先は、深夜の接客業務は少ないが、商品の納品や清掃など、他にやることは結構ある。
「辛気臭いなぁ。つーかなに、最近元気なくね?」
「いや……」
「どーしたどーした、恋の悩みか?」
 検品の手を止めて、青山はどこか楽しそうに俺の肩に腕を回した。
「この店長代理さまに話してごらんよ」
「お前がキモすぎて、ため息がでる」
「嘘だ!」
「仕事しろよ店長代理。明日おばさんに怒られるぞ」
 店長代理、もとい青山は分かり易くむぅと膨れて、しかし素直に俺から離れて作業に戻った。奴のお母さんである店長――この店は青山の両親が経営している――は怖いのだ。特に俺たちには。
 黙々と検品作業を続ける。
 青山の指摘はある意味合っている。多分恋の悩みだ。ただし他人の、がつく。
――例の『登坂さんの鞄に小夜の下着混入事件』(小夜命名)が起こってから早くも二週間がたった。
 我が家では一見もう何事もなかったかのような空気だが、小夜の家庭教師の件は有耶無耶になっているし、結局犯人も分かっていないままだ。登坂さんはあれっきり我が家に来ていない。まあ、当然か。
 あとで連絡すると言っていたアニキは、結局したのだろうか。
「――アニキが最近ずっと家にいるんだよ」
「んあ?」
 納品された飲料の数を数えていた青山が振り返る。
「学校行ってないってこと?」
「いや行ってるんだけど、終わったらすぐ帰ってずっと家にいる」
「……普通じゃねーの?」
 なら今までが普通じゃなかったのか。
 俺がバイトで夜中留守の時以外――小夜を夜中一人にしておけないという、あいつらしい理由だ。それでも帰ってこれない日もある――はいつも帰りが遅く、帰宅が深夜になるのは当たり前で、下手すれば朝帰りだってある。遊んでいてそうなったわけではないはずだ。多分。いや少しはあるかもしれないが。 
「あー、じゃあ失恋でもしたんじゃね? 昔うちのカヨも、最近帰り早ぇーなと思って何の気なしに突っ込んだら、彼氏と別れたからだったらしく超不機嫌になられたことあってよー。マジ喧嘩になったわ」
 青山がどこか楽しそうに、少なくとも俺にはかなり壮絶に聞こえる姉弟喧嘩を語る。小夜とは歳が離れているせいか滅多に喧嘩にならない。
 それにしても、たしかに何の気なしに核心をつく男だ。
「……別れたのかな、やっぱ」
 フラれたのもありうる。心なし、アニキに覇気がないし。
 悶々としながら検品作業を続け、棚に収まりきらない在庫をバックヤードへ運ぶ。ペットボトルの詰まったダンボールは重く、かなり重労働だ。
 なんでこんなに全く関係ないはずの俺が悶々としているのかというと、なんとなく俺の立ち回りのせいでもあるのではないか、と若干後悔しているせいである。もっと決断力があれば、登坂さんの鞄をすぐに検めて残っていたパンツも見つけていただろうし、そうしていたならそれが赤の他人の登坂さんの目に触れてしまうこともなかったろう。
 ついでに青山のさっきの言葉により、『別れたんなら次はちゃんと女の人と付き合ってほしい』などと考えている自分と、『いやそれは俺が口を挟むことではない』と思う自分との葛藤も起こっている。これこそ、考えたって仕方がないことだが。
「とりあえず片付いたし、次の便来る前に先に休憩行ってもいーか? なんか腹減っちゃってさー」
「おー分かった。掃除してる」
「ヤン衆は疲れるナー」
 サークルで唄ったら間違いなく指導が入るであろう雑な節で、青山が船漕ぎ流し唄を口ずさみながら奥に消えていった。伴奏はいいくせに、少しでも音がずれていたら気付くぐらいには音感があるくせに、歌うと音痴なのはどういうことだ。
 残念な奴だと思いながら掃除道具を取り出して、モップをかけ始めたところで、ドアが開くチャイムが鳴った。
「いらっしゃいませ、こんばん――あ」
「あれ?」
 反射で挨拶をしながら振り向くと、登坂さんがそこに居た。
「お、おひさしぶりです」
 若干どもりつつ頭を下げたら、登坂さんも驚いた顔をしながら会釈を返してくれた。
「こんばんは……ここでバイトしてたんだ。家から結構遠くない?」
「友達んちで……登坂さんは」
「向こうの角曲がったところのマンションに住んでるんだよ」
 紫のマンション、と補足が入って、なんとなく場所を把握した。
 だがそれなら反対方向にある別チェーンの店の方が近い。
「ここのソフトが急に食べたくなって……」
 そう言って登坂さんは冷凍ケースからソフトクリームを一つ、別の棚から大きめサイズのカップラーメンとチョコレートをレジまで持ってきた。こんな時間に全部食べるのだろうか。
「あ、割り箸ください」
「……もしかして箸も持ってないんすか」
 曖昧に笑って返したあたり、どうやらそのようだ。
 会計を終えると登坂さんはカップ麺のビニールをはがし、レジ横のポットを使おうとして、手が止まった。
「あれ、まだ沸かしてる最中?」
「すみません、ちょっと取り替えたばっかりで。でももうそろそろかと……」
「そっか……じゃあ待とうかな」
 登坂さんは、レジカウンターの中にいる俺に、「気にしないで仕事に戻っていいからね」と続けた。
「あ、いえ」
 一瞬袋の中のアイスが不安になったが、結構うちの店はガチガチに冷凍している方なので大丈夫だろうと勝手に判断した。
 掃除に戻ったが、なんとなく気まずい。前にもあったなこんなこと……。青山はしばらく戻ってこないだろうし。
 言わなくてはならないような気がした。
「あの」
 モップでレジ前付近を拭く体でそばに行って、声をかける。
「この前は、お騒がせしてすみませんでした」
 登坂さんは一瞬きょとんとした登坂さんだったが、ややあって何の事か理解したのか小さく頷いた。
「ああ、俺なら平気だよ。それより小夜ちゃんは大丈夫だった?」
「小夜もそこまで気にしてないみたいです」
 それは良かったと登坂さんが微笑む。
「アニキは、なんか様子が変ですけど」
「そう、なんだ」
 微笑が苦笑に変わったような気がした。やっぱり連絡してないんだろうか。
 お湯はまだ沸かない。
「登坂さんは」
 前から気になっていたことを聞いてみることにした。
「アニキのどこが良かったんですか。あんだけシスコンなのに」
「そこは……魅力の一つだと思ってるから」
「はあ」
 ちょっと何言ってるか分からないですね。
「徹底してるんだよね、大翔は。小夜ちゃんに恋する男はみんな滅べ、みたいな事平気で言うけど、その中には自分も含まれてるんだよね」
「は……あ?」
 ちょっとどころでなく何言ってるか分からないんですが。
「それはどういう」
 登坂さんは眉間に皺を寄せて小さく首をかしげた。
「うーん、本気、ってことだよ」
「妹、ですよ?」
「うん、妹だね」
 気持ち悪いと口走りそうになったのをすんでのところで思いとどまった。登坂さんに言っても仕方ないし。
 今後なるべくあのバカと小夜を二人きりにさせないようにしよう……。
「それを気持ち悪いと思う感性を、大翔もちゃんと持ってるよ」
 俺の気持ちを読んだように、登坂さんが「だから心配しなくても大丈夫」と続けた。
「そういうところが、好きなんだよね」
 ぽつりと、俺の最初の質問の答えを口にしたが、結局よく分からない。
 小夜を好きだけどそれを気持ち悪いと思う、そういうアニキが好きってこと?
「あ、お湯沸いた」
 なんて答えていいのか分からず、無言になった俺の横から軽快なメロディでポットが運転終了を知らせてくる。いそいそと登坂さんはカップ麺にお湯を注いでから、左手の袋をまさぐった。そろそろアイスがヤバイかもしれない。
「これ良かったら食べて。今の話、内緒ね。分かってあげてほしいとは言わないけど」
 買ったばかりのチョコレートを差し出し、お仕事頑張ってねと登坂さんが両手でカップ麺を押さえて店を出てく。
「あの――またうち遊びに来てください。次はお好み焼きやるんで、小夜が」
 登坂さんが微笑みを返したが、是か非かは答えてくれなかった。


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