繋がる星と願いと

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2029年12月〜2030年3月上旬

 あっという間に季節は廻り、十二月。
「輪華ちゃん、郵便よ」
 開けっ放しの扉をノックして、ナースが手にした封筒をひらひらと振った。輪華はすぐにテーブルの上で起動していたノートパソコンを操作して、再生中の動画を止める。因数分解の解き方を解説していた男性教師が、不思議な顔とポーズで固まった。
 礼を言って受け取ると、ナースはノートパソコンの画面を覗き込み、図らずも変顔中の男性にくすりと笑う。
「お勉強? 大変ね。――因数分解、懐かしい」
「うん。早く追いつかないと」
 受け取った封書を見ると、差出人はリンカー協会とあった。封筒におおいぬ座のマークが描かれている。輪華はハサミで丁寧に封を切った。
 あれからすぐに輪華は協会の通信教材でリンカーとなるための研修を始め、世界では百八番目、国内では十四番目のリンカーになった。半年ほどの研修期間でぬいぐるみリンクを使いこなせるようになった彼女に、この日初めての仕事が届いたのだ。
 届いた書類には、病院のすぐそばにある幼稚園で絵本を読むボランティアとあった。園にあるものか輪華が用意できるものなら、彼女が読む絵本を選んで良いらしい。
 輪華は少しだけ考えて、カレンダーを見た。初仕事の日はクリスマスを十日後に控えている。なら、サンタクロースの絵本にしよう。
 やがてやってきた当日の感想を言うなら、緊張の一言だった。
 それでも輪華は『サクラ』と名付けた桃色のウサギのぬいぐるみを操って、精一杯絵本を読んで聞かせると、園児たちは目を輝かせてウサギさんを見つめ、とても楽しんでもらえた上に、園長先生にはまた来てほしいと言ってもらえた。
 人に喜んでもらえるのは、こんなに嬉しいことだったろうか。輪華は病室にシリウスと引きこもっていたときとは考えられないような、明るく前向きな気持ちになる自分に気が付いた。
 それからの輪華は、ぬいぐるみリンクを操って、一気に多忙な日々を送ることとなる。
 子供会のイベント参加や、病院内の小児科病棟で子供たちの遊び相手をし、老人ホームで将棋大会に参戦。そのために将棋の勉強もした。それ以外にも勿論、自分自身のリハビリに、通信高校の勉強もある。目の回るような忙しさだったが、不思議と疲れはなく、充実感があった。
「表情が明るくなったね」
 三月に入り、週一回行われるリンカー協会担当者の犬養さんとの打ち合わせにて、輪華は彼女にそう微笑まれた。
「そうですか?」
「うん。正直言って、前はもっと暗かったもの。無理してる感じがあった」
 輪華は右手で自分の頬に触れる。自分でも笑うことが増えたと思う。
「そうそう。明後日協会主催で、こんなことをやるんだけど、よかったら」
 打ち合わせの終わりに、犬養さんか招待状のカードを手渡された。春分の日にリンカー関係者が集まって、星見会を行うそうだ。目的はもちろん、協会のシンボルである導きの星であるシリウスを見るため。
「行きたい! 先生に外出許可出るか訊いてみますね」
 喜んで頷き、スケジュール帳を開く。
 そして気づいた。当日はたくさんの予定が詰まっている。
――いや、大丈夫。
 だってぬいぐるみリンクさえあれば、空間を超えられるんだから。
 シリウスを見るため、輪華は何とか乗り切ってやる、と意気込み予定を書き込んだ。

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