繋がる星と願いと

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2029年3月17日

 輪華にとって、病院で過ごす二度目の春が来た。
「去年はずっと寝てたから、覚えてないけどね」
 その日、初めての外出を許された輪華は、車いすではあるものの、病院の周りにある桜並木の下をぐるりと一周して散歩をした。
「綺麗だね、輪華」
 もちろんシリウスも一緒だ。輪華の膝の上に座り、落ちてくる花びらを掴もうと手を伸ばしている。
「うん」
 輪華も手のひらを空に向けて、ひとひらの花びらを受け止めた。
 一年前の桜を思い出す。ちょうど、今頃のことだ。
「去年は卒業式の後、陽奈と二人で見たんだよ」
「素敵だね」
 彼女の名前を出すと、今でもやはり、胸に喪失感が広がる。
 けれど、親友を想って泣くことは少なくなった。どうしても辛くなったら、シリウスに陽奈の話をして、少しだけ泣いて、また前を向こうと思うようになれた。
「義眼だから、あの時と違って見えたらどうしようかと思ったけど、あんまり変わんないね」
「そりゃあ、ねぇ」
 シリウスが苦笑する。
 二人はその場に少し立ち止まって、春風に枝を揺らす桜をしばし無言で見上げた。
「輪華」
 沈黙を先に破ったのは、シリウスだった。
「なあに?」
「今まで言わなかったけど、僕もね、両の目に輪華と同じサイバネティクス技術の義眼が入っているんだ」
 目を瞬かせた輪華に、シリウスは「ああ、ライオンの方ももちろんそうだけど、人間の体の方もね」と冗談めかして付けくわえた。
 知らなかった、と輪華は呟いた。
 思えば自分が話すばかりで、半年近くも一緒に過ごしているというのに輪華はシリウスのことをあまりよく知らない。彼はあまり自分自身の話をしなかった。
 輪華が知っていることと言えば、遠いところに――質問などの口ぶりからして海外ではないかと輪華は思う――に住んでいること、どうやら質問の多さからして。食べることが好きなんだろう、という、想像の範疇のことだ。
 優しくて、きっとイケメンだ、なんて思うのは、夢を見すぎかしらと輪華は思っていた。
「どうしてもっと早く教えてくれなかったの?」
「隠していたわけじゃないんだ。うーん、忘れていたんだよ。ずっと長いこと、こうだったから。今の僕にとってはそれが『普通』になってたんだ。輪華風に言うならね」
 ぬいぐるみの声は悲壮さを含まず、むしろ笑ってそう答えた。
「実は眼だけじゃないよ。体のあちこちが、ううん、ほとんどと言っていいほど機械に置き換わってる」
 輪華はぽかんとしてライオンのぬいぐるみの背中を見つめた。シリウスはついにようやく花びらを両手で捕まえて、大事そうに抱える。
「僕も初めは、義眼で見えるものが信用ならなかった。見えるものすべてが偽物なんじゃないかって、不安で仕方がなかったよ。けれどある日、僕のお医者さんが、星を見に連れて行ってくれてね。それがとても美しかった。偽物でもいいと思えるほどに」
 シリウスは桜を見上げて、もう一度、「綺麗だね」と呟いた。
「……どうして、突然そんな話をしてくれたの?」
「僕はね、薬と、経済的な支援と、同情を与えられるだけの存在で終わるのは、嫌だった。たとえ、何もかも失って身体のほとんどが機械になっても、悲しいと思う気持ちがある限り、僕は人間だ。だから、与えられるだけの存在ではなく、誰かと繋がって、どんなに小さな物でもいいから、この世界に足跡を残したい。輪華には、僕の想いを引き継いで欲しい……」
 シリウスは捕まえた花びらを輪華に手渡す。受け取った輪華は、不思議そうに見つめ返した後、静かに頷いた。
――シリウスがしゃべらなくなったのは、翌朝のことだった。
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