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――十二月も中ごろだというのに、その日の天気は雨だった。

 雨は案の定みぞれとなり、やがて雪に変わった。
 寒くて無意識に寝返りを打ったら、ぶつかって阻まれて目が覚めた。
「う……ん……?」
 寝ぼけ眼を擦って顔をあげれば、至近距離に香介の顔。
――ああ、そういえば来てるんだった。
 見舞いに行ったのを『逢った』とカウントしなければ半月、いや一ヶ月ぶりか。
 私と違って眠ってしまうとあまり動かなくなる香介は、ぶつかられても気付かずに静かな寝息をたてている。
 
 帰ったら私の部屋に香介がいた。合鍵を渡してあるのだから、別に驚くことではない。土産を取りにこいと言ったのは私だし。
 同僚と飲んできた帰りに寄ったのだという。
 誰それと飲んできたとは詳しく言いはしなかったけれど、多分――古典の君と。
 アルコールに強くもなければ弱くもない香介は、今日は珍しく酔っていた。
 普段は聞かなきゃ喋らないのに逢えなかった間の一か月分のできごとを只管私に報告し、話すことが尽きると寝てしまった。
 どうかしたの、なんて聞かなくても分かる。
 きっとどうもしてない。いつもどおり。何も起こらないから、彼は苦しい。それを一番望んでいるのは香介のはずなのに。
――いつまで続けるのだろう。
 シングルベッドに二人は無理があるだろうと思いながら、私は香介に身を寄せる。掛け布団との隙間がなくなって、冷えた空気が入ってこなくなる。
 うつらうつらしながら、考える。
――酔った彼へ古典の君に告白しないのかと尋ねたら、一笑された。
 変わらないものなんてない。だけど彼は自分の世界の不変を信じてる。
 小西敦哉と、篠原留美と、香介の三人でいつまでもいれると信じている。
 香介が小西敦哉を好きなまま、小西敦哉が篠原留美を好きなまま、篠原留美が高遠香介を好きなまま、歪な正三角形のままでいることを願っている。
 歪である原因が、自分のせいだという罪悪感を抱えて苦しみながらも。
 このままでなければ生きていけないと、彼は思っているのだ。
――一体、私に何が出来るだろう。
 彼が生きるために必要な、その枠の中に入っていない私に。
「潮時なのかな……」
 アメリカへ行かないかという話がきたことを、私は今日も香介にできなかった。したところで、今の彼がする反応は私の予想の範疇だろうけれど。
 布団の中で彼の安らかな寝顔を見つめる。様々な想いが私の中で駆け巡ったが、どれも決定的な打開策にはならない。
 他にないのだ。

 研究を終えることにした。
 彼が恐れている行為をもって。

――高遠香介の小さな世界を壊すこと試みる
 泡にならないように。


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