つぎはぎアンドロイドと俺の七日間・8

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 七日目、最終日、オヤジが帰ってくる日。
 週に一度しかないプラスチックごみの収集日だということを奇跡的に思い出したのは、モラル的にも収集時間的にもギリギリな九時すぎだった。
 コンビニで買った食べかけの蒸しパンを放り出し、慌てて二つあるゴミ箱の中身を纏めると玄関を飛び出す。ちょうど収集車が出発するところで、俺は追いかけて車の後ろでゴミ袋を振る羽目になった。
 アサヒを追い出しておいてこのザマでは、オヤジに笑われる。
 何とかゴミ袋を収集車に託し、ぜいぜい言いながら走った道をとぼとぼ歩いて戻る。久々に走ったものだから、運動不足でヤバイ。
 夏の日はこの時間からすでに力強く、地面に濃い影を落とす。
 玄関の鍵をかけずに飛び出したが、まあ五分とかかってないので大丈夫だろうと、帰って来てサンダルを揃えながら思う。そういえばアサヒに貸したスニーカーがそのままだったなと、今更なことを思い出した。
「別にいいか……」
 高校時代から三年履いた靴だ。惜しくはない。
「おかえりなさいませ、静真さま」
「ただいま」
 玄関からまっすぐ戻った自室で、そう言って出迎えたツキハが冷えた麦茶を出してくれた。
「……え」
 グラスを口元にやってから、思わず固まる。
「な、なんで」
 ツキハだった。いや、ツキハではないかもしれない。けれどアサヒではない、と思う。金の髪を下し、紺色のワンピースにエプロンをして、スカートを人差し指と親指でつまむと彼女は膝を軽く折ってお伽噺に出てくるお姫様のような礼をした。
「お初にお目にかかります。ユウヒと申します」
「ユウヒ……?」
 俺は訳が分からずおうむ返しに尋ねた。
 なぜここに。というか、ユウヒがその体にいるならばアサヒは?
 まさか、消えてしまった?
「本日はお礼と、お願いをしに参りました」
「は、はあ」
「まあ立ち話もなんですから、どうぞおかけくださいませ」
 椅子を引いてくれ、俺は訳が分からないままそこに腰かける。
「アサヒを送ってくださって、ありがとうございました」
「あ……いや、俺は、むしろ、余計なことを、したと」
 真摯な礼に、言葉が尻すぼみになる。
「そんなことはございません。もう二度と帰れない場所と、諦めておりました。どんなにお礼を言っても言い尽くせません」
 再びそう言われて、俺は俯く。
「あ、アサヒは……?」
「彼のバグは深刻でした。自ら主に恋をするなど、あってはならないことです。人前にお目にかかることは、もうとてもできないでしょう。悲しいことです」
 微笑みながら、ユウヒはどこか淡々と答えた。
 俺はユウヒを見上げる。
「……ユウヒは? ユウヒにもバグがあったんだろ? 今はないの?」
 ないはずがない。だって彼女は今「悲しい」と言った。ハウスメイドロボには必要ない感情のはずだ。
「ええ。今もございます」
「だったら、そんな風に言ってやるなよ。そんな、悪いことみたいに」
「悪いことでございます」
 声色はとことん優しかったが、ユウヒは言い切った。
「なんで、そう思う?」
 イライラして、俺は思わず立ち上がって言い返していた。自分のことは自分自身で否定し続けられても、アサヒが、俺の知るアサヒの顔で――たとえそれがユウヒの顔であっても――否定されるのは許せないでいた。
「簡単でございます」
 臆することなく彼女は頷く。
「彼が、そう思っているからございます。私も、そう思っています」
 俺はぽかんとして、椅子に再び座りこむ。
 黙り込んだ。否定する言葉を持ち合わせていない気がした。
 俺が言えることじゃない。でも、誰かが否定しなければ、誰も救われない。
「悪いことじゃないよ……俺はそう思いたい」
 やっと口にした言葉は、オヤジが好きな俺まで肯定してしまう。
 けれど、彼女のことも肯定するだろう。
「……そうでしょうか。なら、そうなのでしょう」
 ユウヒが微笑んだ。
「そうなのですって」
 次に彼女は廊下に向かって呼びかける。ぎしっと足音がして、俺は振り向いて声を上げた。
「……ああ」
「アサヒ!? ……なのか?」
 疑問符で終わってしまったのは、知らない顔をした男性型ロボだったからだ。当然胸のふくらみもない。
「これが本来のMDK型男性タイプだよ」
 ふて腐れたように言って、アサヒはユウヒの隣に並んだ。ああ、でも、似ている。
「どうして、壊れたんじゃ」
「事故で壊れたパーツは下位互換のある現行型を流用しておりますので、性能はあがっております。アサヒの顔だけは、綾音さまに再現して作っていただきました」
 どことなくユウヒの説明が得意げだった。
「お礼は済んだのでお願いさせていただきます。こちらで二人とも働かせていただけないでしょうか」
「今なら追加料金なし、維持費だけで済むぞ」
 ニコニコするユウヒとニヤニヤしているアサヒを交互に見比べる。
 言っていることの意味が分からなくて口をパクパクさせた。
「でも、綾音さんはお前をうちにって」
「人の話は最後まで聞いてろよ。綾音は『うちで預かって俺たちを直させてくれ』って言いたかったんだとよ」
 相変わらず生意気な物言いをするアサヒを、隣のユウヒが肘でつついてたしなめる。
「でも、蜜花さんのところに居た方が」
「いいんだよ」
 アサヒは諭すように言う。
「蜜花は自分があんな状態でも、壊れたオレとユウヒを直そうとしてくれた。必要としてくれた。それが分かっただけで、いいんだよ。それが分かったのはお前のおかげだから」
 まっすぐ言われて、俺はなんと返してよいか分からなくなる。
「綾音様から伝言でございます。『命日とお盆は帰省させてください』以上です」
 綾音さんの声色を完全再現したユウヒが、試すように首をかしげた。
「えっと……お、オヤジに聞かないと。電気代と通信費はオヤジが払ってるんだし」
 彼女の追撃に対し、しどろもどろでそう言って、俺は時計を見た。
 オヤジは混雑を避けたいからと、朝一の飛行機で帰ってくると言っていた。もうそろそろ到着しているかもしれない。
 三日ぶりに携帯の電源を入れた。通信不能だった間にきた着信の通知がどんどん入ってくる。全部オヤジだ。オヤジしかかけてこないんだから当然だ。
 電話にでないことを心配するメールを一件一件見てるうちに、携帯が震えた。
「も」
『やっとでた! この野郎!』
 オヤジの大声に思わず電話を手放した。スピーカーにしていないのに怒り声がまだ聞こえる。
「ごめ、忙しくて」
『心配したんだぞ何してたんだ!』
「ええと、その」
『大体メールもしてんのに何の反応もないとかどういうことだ! 見てすらいないのか! ああ!?』
 言い訳をする間も許さない勢いに、俺はなんとか割って入って話題を変える。
「オヤジ、見合いは?」
『あ? 駄目だったに決まってんだろ!』
「え」
 あ、いけない。声が喜んでしまった。
「いい人だったって」
『やっぱりメール見てんじゃねぇか!』
 また怒られた。聞こえているのか、二人のハウスメイドロボが顔を見合わせている。
『俺の方が釣り合わねぇんだと』
「それは……見る目がない」
『まったくだ!』
 怒っていたはずなのに、オヤジは豪快にガハハと笑う。俺も声を上げて笑った。久々に笑った気がする。
『結婚はまだいいさ、お袋にも言った。俺にはお前が居るしな』
「とか言って、残念だったくせに」
 軽口をたたきながら、俺はオヤジの言葉一つ一つを幸せとしてかみしめる。
 俺はまだ、オヤジのそばに居られる。抱えたままの感情と欲求を表に出せなくても、嬉しいものは嬉しい。
――オヤジが好きな事は、悪いことではない。
 心の中で、呪文のように繰り返す。小さな子供の俺が、ぎゅっと自分を抱きしめた。
『ああ、電車が来た』
 オヤジの声とともに、その向こうで大きな音がした。ガヤガヤと喧騒と、アナウンスの声も聞こえる。
 駅に居るのかと、今さら気がついた。
『じゃあ今から帰るから。土産もちゃんとあるぞ』
「うん、待ってる。気を付けて」
 電話を切ってから、アサヒとユウヒのことを言い損ねたことに気づいた。
「まあ、いいか」
 帰ったら分裂した二人を見て驚くだろう。けど、俺の好きなオヤジはなんてこと無いように頷くはずだ。
 でもそうなると、アサヒとユウヒの分の椅子がない。
 大至急用意しなければと、俺はパソコンで家具屋のページを開いた。


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