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● 魔法長女 すいかwithべいびぃ --- 9.なんて星空は明るいのだろう ●

「どこ行ってたんだよ! 突然いなくなって!」
 学校に戻ると、玄関で早々にごっちんと出くわしました。どうやらずっと私を探していたようで、あちこちかけずり回ったのか苛立った様子でもあります。
「七草もさっき目が覚めたのに、お前がどこにも居ないから――って、なんで雨莉!?」
 抱きかかえている雨莉の姿をみて驚くごっちんに、私はうとうとしている妹の体を差し出しました。
「ごめん、なずなのとこに行くから、雨莉頼んでもいい? 寝ちゃってて。あと、うちのお母さんに雨莉がここにいるって連絡してもらっていいかな? 勝手に来ちゃったんだよね」
 多分、いや絶対、大騒ぎになってるはず。
「え? ちょ、うわ、雨莉お前重くなったな」
 まくし立てるように言った私の勢いに押されたのか、訳の分からないといった顔ではありつつもごっちんが雨莉を受け取ってくれました。普段うちに来ても滅多に抱っこしないからか、おっかなびっくり雨莉を抱いたのを見守ってから、大事なことを尋ねます。
「なずなはどこ?」
「え、あ、保健室」
「ありがと、じゃあ、ごめん、お願いね」
「や、ちょっと待って粋花」
 二階にある保健室に向けて急ごうとした私を、ごっちんが呼び止めます。振り向くと、雨莉を抱きかかえてゆらゆらしたまま、申し訳なさそうな顔をしていました。
「ごめん。さっき七草にも謝ったんだけど……俺が口出す問題じゃなかった。お前も、ちゃんと七草の口から聞きたかったよな」
 ごめん、と繰り返したごっちんの声は上ずって、目は赤くなっていました。
 なずなの話を職員室で聞いたのは昨日のことで、私に打ち明けたのがさっきだから、きっとごっちんも結構な時間悩んだんだと思います。もしかしたら眠れなかったのかもしれない。
「ううん。多分私も同じ立場だったら、同じことすると思う。だから私は気にしないよ、菊ちゃん」
 女の子みたいだからやめろと言われて久しく呼んでない、懐かしい呼び方をすると、ごっちんは泣き笑いで、それでも小さく頷きました。


 保健室前まで行くと、なずなは自分のものと私のかばんとを二つ抱えて保健の先生に一礼したところでした。
「お母さんよばなくても大丈夫?」
「はい、うち、近いですし。ご迷惑おかけしました」
 先生にさようなら、と挨拶して振り向き、なずなは初めて私に気づきました。
 にっこりと浮かべたのは、いつものなずなの笑顔です。
「おかえり」
「た、ただいま? ごめん、そばにいれなくて」
 なんか違うんじゃないかな、って挨拶を交わして謝ると、なずなはううんと首を横に振りました。
「ただの寝不足だったみたい。ごめんね、心配かけて」
 かばんを渡しながら行こう、と促され、まだ心配そうにこちらを見守っている先生に軽く会釈して階段への廊下を曲がります。
「寝不足?」
「うん。すいかに引越しの事いつ言おういつ言おうって悩んでて、気付いたら朝……ってのがもう三日ぐらい続いてて。多分それが原因」
「そんなに!?」
 もう校舎に残っている生徒は私たちだけなのか、保健室とその向かいにある職員室を離れるとどこも静かで、明かりのついた教室もなく薄暗いです。私のでかい声が無駄に響きました。
「――小さいころから、ずっと一緒の友達がいたの」
 一階へと続く階段を半分ほど下りたところで、ぽつりとなずなが呟きました。
「妄想なんだけど」
 えへ、と小さくなずなは舌を出して笑いました。
 引越しばっかりで友達いなかったからねー、とちょっと恥ずかしそうななずなに、
「ど、どしたの急に」
 思わずどぎまぎして尋ねてしまいます。
「なんか、さっき久々にその子の夢みちゃった。しっかりしろって、怒られたんだけど」
――妄想じゃないよ。妄想じゃなかったんだよ。
 なんて、言えないけど。
「別に、同じ高校行かなくても、変わんないよ。変わりたくない」
 代わりに、そんなことを口にしてみたりしてしまいます。
「まあ札幌なんて、高速バスで一時間、電車で五十分だし! 紋別より近い! いや紋別でも会いに行くけどね」
 なずなはぽかんとして、ややあって静かに頷きました。
「うん……そうだね」
「でも、やっぱり、寂しい」
「うん……寂しい。ごめんね、言えなくて」
「ううん」
 ぎゅっと抱きつくと、なずなが抱きしめ返してくれました。
 卒業まで半年以上もあるのに。泣きそう。なずなも目に涙が浮かんでいます。
――なずなを泣かせちゃったけれど、今日ぐらい、許してくれるよね。なずなのきらきら。

 ☆★☆

「おーいでんすけ、おばさんめっちゃ怒ってたぞー。俺もよくわかんねぇしさー。電話ぐだぐだだよ」
 玄関前に据え付けてある公衆電話の前でずっと待っていてくれたごっちんが、すっかり熟睡中の雨莉をかかえたまま不安そうにゆらゆらしていました。
 空はすっかり日が暮れて、星がみえはじめています。
――なずなのきらきらも、私の中にかつていたっていうきらきらも、今はもうあの中のひとつなのかな。
 いつか雨莉の中にいるきらきらも、あんな風に輝くのかしら。
 相変わらず腰が引けてるごっちんから雨莉を受け取りながら、私はそう思ったのでした。
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