王子調理中。

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 ここ、森の国のお城にはあちこちに大きな鏡を置かせていただいております。
 わたくしはその一つに立ち、こう囁きます。
「鏡よ鏡よ鏡さん。この世界で一番白くて可愛らしくて愛らしいわたくしの王子に会わせてくださいな。そーっと会わせてくださいな」
 するとなんということでしょう、平らな鏡は波打って、わたくしを別の場所へといざなうのです。



「というわけでやってまいりましたブランさま」
「きゃっ!」
 可愛らしい甲高い悲鳴を上げて、わたくしのブランさまは小さく飛び上がりました。
 さらさらの黒髪がさかだち、真っ赤な頬がさらに紅潮しています。これで女の子でしたら『白雪姫』と名付けて毎日着飾らせたいところですが、残念ながら男の子、いえ、もう十八なのですから、男の方、です。最近はわたくしの選んだ服も着てくださらず、ソルシェ悲しい。
「な、なにいきなり!? ソルシェ!?」
 相変わらずドッキリに弱いお方です。
「だって、お呼びでしたでしょう?」
 わたくしは唇の両端を吊り上げて笑顔を作り、首を小さく傾げてみせました。
「呼んでないよ!」
 鏡の中を通って出てきたこの場所は。お城の中の厨房です。片づけもすでに終わっており、他のメイドの姿もありません。
 こんなところで一体何をしているのでしょうか。もしやお夕飯が足りなかったのではないかと不安になります。
「本当にお呼びでありません?」
 念を押すように訪ねると、ブランさまは即座に顔をそむけました。分かりやすいお方です。
「うっ……呼んでないけど、来てくれたら嬉しいナーとは、思って、た」
 人差し指を突き合わせ、ブランさまは口を尖らせつつも「実は」と随分とあっけなく事情を説明しはじめました。
 調理台の上には、真っ赤な林檎が置かれています。
「もうすぐ、スーリヤが来るだろう?」
「ええ」
 スーリヤさまとは、先日どちらかといえば失敗に終わりました、ブランさまのお見合い相手でございます。
 近隣にある『砂漠の国』の王女であられせられ、ブランさまとは対照的な、金の髪、褐色の肌の活発なお姫様です。
 なぜ失敗に終わったかともうしますと、会話がはずまなかったのです。お見合いに至るまでに紆余曲折あり、お互いに好意を持っているのは、間違いないようなのですが。
「もうすぐ誕生日だって聞いたから」
「ああ、プレゼント大作戦ですか、物で釣るんですね」
「あけすけすぎるよソルシェ」
 私は笑ってごまかします。
 ブランさまは林檎をつつと指でなぞりました。
「まるまる林檎のパイを作りたいんだけど。ほら、スーリヤって太陽みたいな感じだから」
「それはまた随分とブランさまには難易度の高いチョイスですね。まあ、よろしいでしょう。わたくしは、あなたさまのメイドで魔女なのですから」
 まるまると大きな林檎は、この国ではよくとれ、太陽の化身とまで言われる大昔からなじみ深い果実です。
「まず魔法で皮をむいてスライスします」
 わたくしは林檎をぽいと放りました。空中でくるくると回った林檎は見る間にするすると皮がむけ、皿の上に着地したと同時にストンと十六等分されました。
「ちょ、ちょっと待って」
 メモを取ろうとしていたブランさまが慌てて両手で制しました。
「魔法やめて。つかわないで」
「えっ」
「だっておれできないもん!」
 悲鳴にょうな泣き言が厨房に響き渡りました。
――この森の国は近隣でも有数な、いえ世界一とわたくしは自負しております、魔法先進国です。子供からお年寄りまで誰もが魔法を使えます。
 なのに王子ときたら、魔法はヘタレ中のヘタレ。少しは進歩したかと思いきや、やっぱりまだ自信がない模様。
 そこもまた可愛らしいところ……などと甘やかしてきたのがわたくし、五百年ほど顧問魔女をつとめておりますソルシェでございます。ブランさまの兄である現国王陛下に責められても、反論のしようがございません。
「困りましたね。まるまる林檎パイは魔法を使って絶妙な火加減で芯まで林檎を焼き上げるのが美味しさの秘訣ですのに」
「炎魔法なんてぜったいむり……」
 消え入りそうな声をだしたブランさまは、とてもお優しいかたです。最近花を咲かせる魔法を自在に操れるようになりましたが、自分含め、誰かの怪我につながるような魔法はからっきしです。
「では、林檎はあきらめましょう」
「あっさり!?」
「申しました通り、難易度の高いチョイスですから。さて、食料庫にはなにがございましたっけ」
 ぱちんと指を鳴らすと、厨房の一角に設置した鏡が食材リストを映し出しました。一国の王の居城ですから、わざわざ確認しなくたってなんでもあります。上から下へリストをずらずらと流していきながら少しだけ思案。
「では、魔法を、いえ、火を使わないケーキにいたしましょう」



「お招きありがとう。ブラン」
「よ、ようこそ」
 本日のスーリヤさまのお召し物は、夜のような紺色のドレスでした。わたくしが見繕ったブランさまの銀のジャケットにぴったりです。まるでお似合いのカップルですわ。
 わたくしが目配せでブランさまに合図すると、ブランさまはスーリヤさまを満月の見えるテラスにエスコート。
 着席されたふたりのテーブルにわたくしがケーキをお運びすると、砂の国の王女さまは目をまるくなされました。
「そ、その、おれが、ソルシェに手伝ってもらいながら作ったんだけど、よかったら」
「……美しい」
 凛々しい彼女の声が、ぽつりとこぼれました。
 金色に輝く桃を薔薇の花びらのように飾ったレアチーズケーキでございます。
「今宵の満月のようだ」
「スーリヤっぽいかなって。えと、その、髪が、月、みたいに」
 嗚呼、もうちょっとかっこつけておっしゃたらいいのに。
――暑い砂の国では、『太陽』は悪魔の化身だそうです。逆に『月』のようと褒めるのが正解なのだとか。
 デートが上手く運ぶかやきもきする国王陛下の背中を押して、わたくしは静かに扉を閉めました。


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書いたの:2015/5/23フリーワンライ企画にて
お題:両片思いの中間地点 月とチーズケーキ 白雪姫
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