雑用の報酬

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「アメンボは赤いんですか?」
「ただの言葉遊びだろ。詳しくは北原白秋に聞け」
 自主的な発声練習を中断しての問いかけたら、作業中の川合先輩はそっけない。
 雨の日の演劇部は閑散としている。そもそも今日は公的な活動日じゃない。それでも先輩がいるのは、雑用のためだ。玄関で雨が穏やかになるのを待っているところを捕まり、付き合わされて部室にきたけど、ぶきっちょ故に早々にクビを言い渡されて、やることもなく、雨のため帰るのも嫌で今に至る。
 川合先輩は黙々と衣装の直しをしている。衣装係は三年生の一人がメインにやってくれているけど、今は新作衣装にかかりきりで補修まで手が回らない。
「あいつこんなところまで破いて……」
 先月幼稚園でやったシンデレラの継母役用のドレスを手に、先輩がため息をつく。犯人は衣装を着たままあちこち歩く癖がある部長だ。おかげで悪役衣装はかなりの確率でどこかに引っ掻けた跡がある。
「なんだよ、着たいのか?」
 ぼんやり眺めていたら衣装を差し出された。
「いえ、練習以外で着たらただのコスプレですし」
 私は暇をもて余して乱雑に積み上げてある音源CDを一枚めくった。片付けてくれてもいーぞと、川合先輩の疲れた声。
「ロッカーに?」
「五十音順にしてな」
「細か!」
「お前はとことん雑用に向いてないな」
「まー、それくらいはやりますけども」
 雑用に向き不向きとかあるんだろうか。そもそも雑用のプロと称される先輩に比べたら、誰だって向いてないな。まあプロレベルに近づきたいとも思わないけど……。
 ともあれ黙々と作業を始める。隣にいるのに先輩との会話は弾まず、けれど別にそれは苦じゃない。空気みたい、を誉め言葉として言いたい。
 雨の音だけが部室に充満する。
「あめんぼはなんであめんぼなんだろうな。やっぱ雨後の水溜まりにいるからかな」
 ぽつりと先輩が呟いた。
「いえ、飴みたいな甘い匂いを発するかららしいですよ。それで棒みたいな体だから」
「それは知ってんのかよ」
「嗅いだことはないですけど」
 また会話が途切れる。
 CDの整理が終わってしまった。そろそろ帰ろうかな。
「先輩、終わりました」
「おう、山田」
「はい?」
「褒美」
 ごそごそと先輩の学生鞄から出てきたのは、赤い棒つき飴。
 うけとって、まじまじ見る。
「あめんぼは赤かったですね」
「んだな」
 袋を破って口にいれたら、イチゴの味が広がった。


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書いたの:2015/11/6フリーワンライ企画にて
お題:○と○(丸の中には同音異義語) →雨と飴 アメンボは赤いか
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