かの君の声は有料

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「ニル子の音声データが十万だぜ? じゅうまん! そんだけあれば他にどれだけ回せたか!」
 積みあがった部品の箱を一つ一つ開けてたしかめながら、そのたび元が愚痴を言う。文句を言いつつも、結局言い値で支払ってるんだからいい客だ。
 手伝いと称して駆り出されたのに、がさつ故にパーツどころか箱すら触らせてもらえなくなった俺は、へいへいと相槌を打ちながら元が三年かけて収集したロボット――と言うと元に怒られる。『ハウスメイドロボ』と言えと――の情報誌をぱらぱらと眺める。中古でそろえられたそれはかなり読み込まれていて、表紙が大分よれている。
 二十年ちょっと前に市場に出回り始めたハウスメイドロボを自作するのは元の昔からの夢だ。かなりのお金と知識が必要だ。卓上での空想のままにはしないと、元は日々バイトを複数掛け持ちして金策に励み、大学もそっちの方向に進んで勉強を重ねてきた。
 市販――それでも結構な金額がかかる――でいいじゃんと言ったら、元は「俺の為だけの存在が欲しい」とのたまった。五人兄弟の末っ子は、何やら思うところがあるのだろう。
 ともあれ、ハウスメイドロボ最大手のスワン社の内定が取れたことを機に、元は夢を実現させるための第一歩を踏み出したのだった。
「もっと安いのあったじゃん」
「拘りたいんだよ、ロマンの無い奴だな」
 そうと分かっていても一見するとグロテスクな人工皮膚のロールを少しずつ開いて確認しながら、元がため息をついた。
 パソコンすら自作しないこだわりのない俺は、そんなもんかと言うしかない。自作ロボに好きな声優の声を使いたい、のはまあわかるが、ソフトウェアは後から簡単に差し替え可能な場所なんだから変換がめんどくさいハードに先に金をかければ、とは言える雰囲気ではない。
 格安音声データの味気も素っ気もない声も、俺は好きだけど。
「そういえば先週の『俺ニートだけどこの世界をディストピアにしたくなった』見た? 俺まさかアニメで泣いちゃって」
「みてない」
 件の声優がヒロインとして出演するのアニメの話題に触れて、元の作業の手が止まった。ガチャリ、と手にした左手パーツが手招きするように垂れた。
「それはよくない。今すぐ見ろ。録画あるから!」
 もしや手伝いとして呼んだのは口実で、本題はこれだな?
 そしてお前の夢、ここ数年微妙に軌道修正してない? そう、ちょうど、仁藤るぅ子がデビューしたあたりから。
「それより腹減ったー。鍋の材料買いに行こうぜー」
 俺には合わなくて一話で切ったアニメの話をきっぱりスルーしながら、俺はアニメを流し始めた元のパソコンから目を逸らす。
 キーボードの手前に置かれた透明ケースの中に浮かぶ、本物そっくり、けれどヒロインと同じ人間離れした赤い色の瞳の機械の目が、こちらをじっと見つめていた。


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書いたの:2016/5/20フリーワンライ企画にて
お題:君の声は有料 卓上空想 鍋 ディストピア
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