野望の影

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 いつかきっと、君は私のそばから離れていくんだろう。
 分かっていても、ふとそう思っては足がすくむ。
 パティは怖い物ないよね、と自分が恐ろしい物に出会う度にエリシアは屈託なく笑って言うが、私が一番怖いものは、時間というどうしようもない、いつまでも付きまとうものだ。
「海へ行かないか」
 エリシアと出会ったのは彼女が五つの時。すでに私の齢は四百を超えていて、その十年ほど前に愛した人と死に別れていた。
 大切な人と別れるたび、これで最期にしよう、といつも思う。でも結局、終わることが出来ずにまた誰かと関わり続けてしまう。
「珍しいね、パティが外に出かけようなんて言うなんて」
 私の棲家の洞窟の岩を積んで城塞を築く遊びをしながら、パティが小さく首をかしげる。
 出会ってから、六年の月日がだった。もう一度季節が一巡りすれば、彼女はこの村を離れて都会の学校へ行く。
「日が暮れてから?」
「そう、勿論」
「じゃあママに遅くなるって連絡しないと」
 訳あって日の光が浴びれない体の私が、日中活動するようになったのは彼女がいたからだ。
 知らない内に随分と小さくなって持ち歩きができるようになった電話機を使って、エリシアは母親に文字で連絡を取り始める。
 私は彼女の足元をぐるりと囲む城塞を見下ろした。小石を積んで、小さな塔がいくつかできている。城塞の中にはまだそれほど豊かではないが、街が出来つつある。
「君の築いた城塞はいつだって堅牢だな」
「守るためのものだもの、当然でしょう」
 でもパティなら入ってきてもいいんだよ、手招きするが、私はそばに椅子を引き寄せて座るにとどめた。
 パティは都会の学校で、建築を学びたいのだそうだ。実際それを学ぶのはもっと先になるだろうが、しかし遠くない未来だ。
 彼女の野望は大きい。こんな石を積んだだけの街のミニチュアではなく、実際に街をつくりたいのだという。
「パティを受け入れてくれる街をつくるのよ!」
 野望を語る彼女の笑顔を見るたび、四百年前から遠ざかっている日の光を思い出す。
 彼女の夢が叶うといいと思いつつ、叶わないとも思う。
「海に何をしに行くの?」
「そうだな……貝を拾ったり、カニを採ったり、月を眺めたりしたい」
「素敵ね」
 彼女の前に愛した人とも、最期は海に出かけた。
 時間が止まった私には、未来に向かって歩き始めた彼女の後ろを歩く影に縋るしかない。
 積み上げた石を一つ掴むと、今度こそ終わりにしたいとそれを掌で包み込んだ。


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書いたの:2016/5/6フリーワンライ企画にて
お題:キミの築いた城塞 「海へ行きませんか」
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