運命の人

TOP



 自分の左手薬指にある指輪を見るとき、決まって祖母の言葉を思い出す。
「お前は幸せな結婚ができないかもしれないねぇ」
 祖母は王室から依頼を受けるほどの名のある占い師だった。
 けれども、彼女は私によく「占いなんて信じなくていい」と言っていた。私に出ているよくない相を否定するためにだ。
 占いなんて信じない。信じないけど、祖母の言葉は、正しいのだろうと最近は思う。
 私は結局、幸せな結婚ができていないからだ。


 私の国には、『運命の人』と呼ばれる制度がある。
 全ての国民が十五歳になってから、様々な条件からその人物と相性のいい人間を同性異性問わず複数人算出し、結婚するまで毎年リスト化して送られてくる、というシステムだ。
 それ故に、国民は自由恋愛で結婚するものは少ない。王族ともなれば婚約者を生まれたときから決めたりなどするらしいが、私の両親も、祖父母も、このシステムを介して出会い、そして結ばれた。私から見ておそらく、彼らのそれは『幸せな結婚』であると思う。
 この国は未婚の人間は半人前とされていた。どういうわけだか、結婚することでそれぞれが持つ魔法の力が増すからだ。私も、結婚するまではできなかった高等呪文を必要とする薬を、誰の力も借りずに作れるようになった。それは夫も同じだろう。 
 愛があるから力が増すのだ、と人は言う。本当にそうなんだろうか。
 だって夫は私を愛していない。私も夫を愛していない。最初から。ただ力を求めて結婚したようなものだ。
 幸せになどなれるはずがなかった。
 けれどそんなこと、人に言えるはずもない。


「彼女が結婚するそうだ」
 珍しく仕事場に現れた夫は、やってくるなり蒼白な顔でそう言った。
 彼の仕事は今日休みで、実家に顔をだしてくると朝から出かけて行ったはずだった。
 ついにか、と思った私は、それと同時に口にも出していた。
 青白い顔のまま夫は頷き、椅子に座って両手で顔を覆った。泣いているのではないのだとは、思う。
 重苦しい沈黙がのしかかり、私は立ち尽くす。
 先に動いたのは夫だった。顔を覆ったまま、かすれた声で「薬を」と言った。
「なんの?」
「例の……毒を」
「本気なの?」
 こくりと、頷く。
 彼には十五になるよりも前からの想い人が居た。けれど運命というものは残酷で、リストに彼女の名は乗っておらず、その上、彼女のリストに載っていたのは彼の弟の名だった。ほどなくして二人は交際を始め、彼は逃げるように私と結婚して家を出た。
――彼の全ての思いを告白されたとき、私はそれでもいいと言い、私もすべてを話した。
 丸きり同じ境遇だったから、やはりあのシステムは優秀なのだろう。少なくとも、傷を舐めあうような関係にはなれた。
 私が好きだったのは姉の夫だった。運命を、システムを呪い、何故私ではなく姉なのかと彼女を憎んだ。いっそ彼女を殺してしまえば、次の年の彼のリストに私の名が乗るのではないか、そう思い、毒まで作ったこともある。けれどそんなことを考えてしまうから、私の名前はリストに載らなかったのだろうと気づいてしまったから、結局行動にはうつさなかった。
 その時の毒はまだ手元にある。私の一部に思えるからこそ、廃棄もできないままだ。
「毒を、くれ」
 夫はきっと過去の私と同じことを考えている。弟を亡き者にし、私と別れて彼女と暮らす日を夢に見ているだろう。
 私は引き出しの奥から古びた茶色の小瓶を取り出した。目の高さにかざし、中のスポイトに数敵分が含まれているのを確認した。
 それだけあれば、眠るように死ねる。そういう薬だ。
「これを使っても、あなたは幸せになれないと思う」
 立ち上がり、今にも奪い取っていきそうなほど手を伸ばした夫をかわして、私は念のためにそう伝えた。
「彼女はあなたを選ばない」
「どうしてそう言える!」
「あなただってわかっているんでしょう」
 彼女とは何度か会ったことがある。可憐に笑う娘だ。きっと、私たちのような恐ろしいことを考えたことのない人だ。
「……君を殺してでも」
 薬を持った私の手首を強くつかみ、振り絞られた声は震えていた。
「あなたは、あわれなひとね」
 返事はなかった。もはや目も合わせようとせず、夫は私から瓶を奪い取り、逃げるように部屋を飛び出した。
「本当に、あわれなひと」
 私は繰り返しつぶやく。
 本当にことを成したいなら、私なんて利用すべきではなかった。
 引き出しの中から、形の同じ、別の瓶を取り出す。私の憎悪はまだここにある。いつか衝動的に使ってしまうかもしれない、死の薬はここにある。あれは、いつかきっとくると思っていた今日という日の為だけに用意した睡眠薬だ。眠りはするが、あの程度の容量なら死ぬことはありえない。
 一人取り残された私は彼が先ほどまで座っていた椅子にすとんと腰を下ろす。
――彼は私だ。私が選ばなかった私だ。
 水差しからグラスに水を注ぎ、スポイトを取り出してグラスの上で構える。
 少しだけ迷った後、結局なにもせず再び瓶に戻し、私は仕事に戻った。


TOP

書いたの:2014/12/13 フリーワンライ企画にて
お題:占いなんて信じない
Copyright 2014 chiaki mizumachi all rights reserved.