開かないはずだった扉

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「来ちゃった」
 と鍵のかけたはずの窓から入ってきた死神は、今日は狐のお面をしていた。
 知り合ってからかれこれ数年たつけれど、お面は毎度変わり、私は死神の素顔を知らないままだ。
「来るときは連絡してって言ってるでしょ」
 顔が分からない上に、いつもずるずると引きずる長いマントだかローブだかどっちでもいいけどとにかく体型の分からない服装をしているから、男か女かも分からない。唯一はっきり分かる声は低くもなく高くもないからどっちでもいけそう。一度聞いたけれど、テキトーな感じではぐらかされた。
「つれなーい」
「もてなしができないんだもの、お茶もケーキもないよ」
「そういうのは要らないんだってば」
 くすくす笑った死神は、私の机に腰かけて「最近どーよ」と世間話を始める。
「特に。いつもどおりよ」
「それはなにより」
 私の命は十五で終わる。初めて会ったとき、死神はそう告げた。どれだけ絶望したことか。十五歳なんて人生で一番楽しい時間の、目前だ。そんな時に終わるなんて嫌すぎる。高校生になって青春を謳歌したかった。まあ、すでに灰色の中学生活を送っていたから、高校での生活だって大して変わりがないのは想像に難くないどころか確定的だったし、事実その通りになったけど、思うのはタダだ。
「いつも通りの生活は大事だし」
「おかげさまで」
――私がその十五になってから、もう四年経ち、今十九歳になる。

 
「どうすればいいの?」
 十五歳で死ぬのだと告げられた十四歳の私はひとしきり泣いたあと唐突に泣き止み、そう尋ねると、死神は少し黙った。
 その時スクリームのお面の下に隠れて分からなかったけど、後できいたらきょとんとしていたらしい。慰める言葉が必要じゃなかったのは珍しいのだそうだ。
「どうって言われても」
「死ぬしかないの?」
「死ぬしかないね」
 きっぱりとした言葉に、今度は私が押し黙る。
「……ホントなら」
 そう言って死神は錆びて先の欠けた鍵を出した。
 手を出すように促され、私の手の中に紐のついた鍵を下し死神は続ける。
「これは貴方の未来を開ける扉の鍵。これを使えば本来開かない扉も開く」
「どうして、こんなものくれるの?」
 死神は質問に答えなかった。
 もらえる理由が思いつかない。死神が名乗った通りに死神なら、こんなことをする理由はないはずだ。
 感謝よりも、逆にそれの対価を求められるのが恐ろしくて、私は思わず鍵を突き返そうとした。
 死神は突き出した私の手を両手でくるんで、持っているように再度いう。
「対価なんていらないよ。私が使わなかったものだから。その代り、たまに遊びに来ていい?」
 


 はちみつをたっぷりかけたホットケーキを焼いたら、死神は喜んでぺろりと三枚も食べて、濃いめのカルピスも二回おかわりした。
 ヒトじゃないくせに、ヒトの物は普通に食べるようだ。
「ごちそうさま。そろそろお暇するね」
「もう。じゃあ、今度こそ次は連絡してよ」
「それはどうかな」
 死神は来たときと同じように鍵をかけたままの窓からするりと消えて行った。
 一枚だけ余ったホットケーキを、私は和室に置かれた仏壇にお供えする。私が生まれる前に亡くなったという小さな女の子の写真を手を合わせてから、首から下げた鍵を握りしめてありがとうと呟いた。


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書いたの:2015/10/25フリーワンライ企画にて
お題:お面 開かない扉の壊れた鍵
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