陰る太陽

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 百年後もここが豊かな国であるために、必要なことなのだと姫はおっしゃった。
 婚礼の日取が近づくにつれて、城内は落ち着きがなく、浮き足立ったような空気につつまれていく。
「太陽が陰れば百年どころか、五十年だって怪しいかもしれない。姫様だけが御自分の価値に気が付いておられない」
 御物を確かめながらため息をついたガナシャに「滅多な事をいうな」と窘めつつも、内心ひそかに同意する。
 メロディス姫は我が国の太陽だ。昨年までは、ゆくゆくは彼女がこの国の王となって国家に安寧をもたらすと、誰もが信じて疑わなかった。
 それが突然、春に姫の父である王は新たに後妻を他国から迎え入れ、その妃との間に男の子を儲けてしまい、その子を次の王にするなどとのたまう。姫は妃の甥にあたる隣国の王に嫁がせると言う。
 普段己の保身ばかり気にする貴族たちばかりの議会ですら紛糾し大反対を受けても、王の意思は揺るがなかった。それになにより、姫は王に従うと言って異を唱えることすらしなかった。
「どうにか止める手立てはないものかね? 駆け落ちとか」
 どこか期待する目でガナシャは私を見たが、私はそれを鼻で笑う。今更気持ちを伝えたところで、姫もバカだねと笑うだけだろう。
 ガナシャはいい。隣国へ姫に帯同することを許された。彼女に一番近い護衛軍の将軍であったはずの私はそれすら許されず、姫の輿入れと同時にこの城を辞する。あてつけのような行動だが、誰も引き留めはしなかった。私以外にも同じようにこの城を、いやそれどころか国を去ると言っている者が大勢いる。辞表を受け取った騎士団長ですらそのうちの一人なのだから、一体誰が咎めるというのだ。
 手を伸ばせばいつでも触れられそうだった姫の白い指先を思い出す。いつでも触れてみたいと思った、幾度となく姫も伸ばしてくれていた手の、掴めなかった指先が、これからそのまま美しいことをただ願うしか私にできることはもうないのだ。


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書いたの:2016/10/2フリーワンライ企画にて
お題:バカだねと〇〇 百年先も 伸ばした手、掴めなかった指先
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