旅立ち

TOP



「出ていけ、顔もみたくない」
 キミは冷静を装って、低くそう言った。
 泣き腫らした目を隠そうともせず、何か言い返そうとするフレアにキミはタオルを投げつけて、出ていけと繰り返す。
 キミはよく知っているのだ。フレアの性質を。言えば言うほど、フレアは頑固になる。
「出ていかないのなら、俺が出る」
「嫌。行かないで」
 他にやりようがなかったかと、内心歯噛みするしかない。
 立ちはだかるフレアを押し退けて、キミは部屋を出た。冷たい外気を肺いっぱいに吸い込んで、扉越しにフレアの泣きわめく声を聞く。扉はもう開かない。
 先ほどからキミの唇からこぼれ落ちるのはすべて嘘で、別れたくない、出ていきたくないのはキミも同じだ。部屋に居れば見せかけでも安穏とした日々を続けられる。
 けれど、そうすることはキミにはできない。
 放っておけばやがて彼女が死ぬからだ。じわじわと広がる疫病は、フレアの体を食らいつくすだろう。だからこそ、キミは旅立つ。いつ終わるともしれない旅へ。
 帰ってきたとき、果たしてフレアはキミを出迎えてくれるだろうか。
 そう思うと、自然と足が震える。
 心をなくしてしまえたら、きっと楽になれるだろう。一つ一つ、心の拠り所をなくしていけば。涙の行方を、見ないようにすれば。
 そっと扉を離れ、キミは大きく一歩を踏み出す。
 さあ、掴まれた心を潰そうか。


TOP

書いたの:2015/11/22フリーワンライ企画にて
お題:主人公を「キミ」と二人称にする(カタカナのまま使用 涙の行方、心の在り処 掴まれた心を潰そうか 出ていけ
Copyright 2015 chiaki mizumachi all rights reserved.