終電前には帰ります

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「恋は罪悪、そうは思わないかね」
 久々に中学の同窓会であった辰島が、二次会のバーで深刻な顔で肘をついて手を組んだ。
 不惑もとうに超えたというのに、昔と変わらず芝居がかった言動に思わず苦笑する。
「唐突だな」
「不倫でもしたか」
 隣の米里とそろってからかえば、辰島は歯を食いしばって口の両端を下げる。
「違う! 俺じゃない! 美世に彼氏ができたんだ!」
「美世?」
 俺たちは顔を見合わせた。俺には覚えがなかったが、米里は一瞬間をおいてああと頷く。
「末っ子ちゃんか」
「ああー嫁さんの名じゃないとは思った」
 いい年して飲み会にカシスオレンジを頼むような辰島だったが、こんな男でも三男一女の父親だ。中でも待望の女の子として生まれた美世ちゃんのことを、目に入れても痛くないほど可愛がっていたようだ。もう十数年前にもなるが、写真つきの年賀状には世界一の美少女!と添えられていた、と言うにはでかでかと書かれていたことを思い出す。
「いいじゃないか。もう二十歳超えてるだろ?」
 辰島はカウンターに突っ伏すとさめざめと泣く、真似をする。
「よりにもよって茶髪にピアスのチャラ男なんだ!」
「昔のお前じゃないか」
「だからだよ! 高校時代は眼鏡の真面目そうな奴と仲良くしてたはずなのに!」
 そいつも気に入らなかったけど、と付け加えてますます辰島は頭を抱え込む。
 米里が眼鏡を中指で押し上げて、ニヤニヤとウイスキーを口に含んだ。
「いやあ、歴史は繰り返すなぁ」
 今はもう大昔、チャラ男の辰島と他称・世界一の美少女の辰島の嫁さん、それに眼鏡の米里。
 その時と変わらずに蚊帳の外の俺は、当時患った胃の痛みを思い出しながら、終電の時間を告げるスマホを確認してため息をついた。


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書いたの:2016/4/24フリーワンライ企画にて
お題:恋は罪悪 世界一の○○
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