私は眠れない

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「もっと、もっと、金平糖!」
「はいはい」
 呪文のように唱える妖精たちに、私は袋をさかさまにしてざらざらと金平糖の雨を降らせた。
 元々は花の蜜を吸って生きていた生物に砂糖の塊を与えるのは、生態系の破壊のようで少し罪悪感がある。
「どうせここに居る子はずっとここで生きていく、ペットみたいなものよ。毎日決めた量しかあげてないんだから気にすることないわ」
 複雑そうな顔をしている私にメイリは寝床を整えながら言い、机の上でキャッキャキャッキャとはしゃぐ妖精を微笑ましげに見た。
 そうかなと私は見下ろした。花の蜜なんかより格段に甘い金平糖に、妖精たちは酔ったように陽気に笑う。私の気分とは裏腹に、周囲だけは異様に明るい。
「大丈夫よ」
 主語のない彼女に、私は不審さを隠そうとせずに首をかしげた。
「本当に?」
「死ぬわけじゃないもの。同じ場に生きているのだから、悲しむことはないわ」
「さあ、始めましょうか」
 白衣の男が手を叩きながらそう言い、枕元の錠剤を水で流し込んでメイリはベッドに横たわった。
「おやすみなさい、またね、キョウ」
 私の手を握り目を閉じた彼女に、駄目押しのように妖精たちが眠りの粉をかけて彼女を深い眠りへといざなう。
 声をかける暇もなかった。でももう実験の是非については語り尽くして、私に止められる言葉がないことを思い知っている。
 世界を救うんだって大義名分に、私の個人的感情は勝ち目がない。
「おやすみ、姉さん」
 それが、別れだった。


「もっと、金平糖! チョウダイ!」
 毎日そればっかりしか言わない妖精たちに、私は今日も金平糖をざらざらと振りまく。
「ふふ」
 笑い声に振り向くと、眠ったままのメイリが口元を緩ませて笑いを漏らしていた。
 眠り続けて三年、今日も彼女はなにか夢を見ている。彼女の夢物語を映すモニターは、今日も支離滅裂で私には理解できない。
「昨日ね、お父さんがやっと五年ぶりに眠れたよ。お母さんも、やっと寝れそう」
 国民の八割が罹患する不眠の病の薬は、彼女の治験でやっと実用化された。なのに彼女は目覚めない。目覚めさせる薬がないからだ。そして、作られる予定もない。
 私の声に反応してかモニターに私が映り、メイリは幸せそうな顔で寝返りを打つ。
 彼女は確かに生きている。けど、私の声には応えてはくれない。同じ場に居たって、こんなにも遠い。
「やっぱり悲しいよ、姉さん……」
 今日も妖精たちだけが、狂ったように無邪気に明るい。


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書いたの:2016/3/18フリーワンライ企画にて
お題:もっと、もっと、金平糖 同じ場に生きているのだから 眠り姫の夢
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