僕と彼女は親友だ

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 男女の双子は心中した男女の生まれ変わりだ、なんていうバカバカしい迷信を知っているだろうか。
 僕の祖母が、産まれたばかりの従妹たちに汚らわしいとそう吐き捨てたのを聞いてしまったから、僕はそんな、知りたくもなかったことを知っている。
 彼女はその暴言をきっかけに、実の息子や娘から絶縁されて、その後孤独な老後を送った。彼女は実は僕らの祖父とは再婚で、一度目の結婚のときに、最初の夫が愛人と心中したのだと知ったのは、彼女が誰にも見送られず、ひっそりと亡くなったと聞かされてから、さらにずっと後のことだった。まあ、同情の余地はあるというだけで、実の孫にそんなことを口に出してしまったことは、決して許される話ではないのだけれど。
 共にいることはできても、決して結ばれることが許されない。男女の双子がそんな心中の結末なら、同性の双子ならどうなんだろう。
 僕は最近、ずっとそのことばかり考えている。


「あのね、シンちゃん」
 彼女が僕のそばにやってくるときは、いつも決まって意中の男性とよくないことがあった時だ。
 肩より少し下までやっと伸びた栗色の髪は、今緩やかなカーブを描いている。髪型を変えたのは先月。彼女は恋をすると髪の色を変える。そして、たぶん今回もまた切ってしまうのだろう。
「なに、美右」
「美左ちゃんが」
 ほらね、と絶望的な気分で僕は思った。この手の話題で、美右から美左の名前を聞かないことはない。
 ああ、と僕が言うと、美右はそのまま僕の胸に顔をうずめた。すすり泣く声が聞こえる。
「リュウジくんと、付き合うんだって」
「……そう」
 ぽんぽんと頭を撫でると、フローラルなシャンプーの匂いがした。シャンプーを変えたのか、この前の匂いと違うと思った。
 放課後の教室で、斜日の陽は影を伸ばしていく。僕と、僕が抱きしめた美右の影は一つだけど、僕らの心は決して重なることはない。
 僕と彼女は親友なのだ。
「ごめんね。シンちゃんにしか言えないし、家では笑ってなくちゃ、いけないから」
「いいよ、このくらい。好きなだけ泣くといいよ」
「……ありが、とう。シンちゃん、優しいから、甘えちゃう。ホントは、いけないのに、ね」
 いつの間にか美右の両手を僕の背中に回し、僕のシャツが濡れていく。化粧がついてしまうだろうなとぼんやり思った。
「分かってるなら、強くならないと」
「……うん、わかってる」
 美右は決して僕を好きになったりしない。だから僕は何度でもこころの中で繰り返す。
 僕と彼女は、親友なのだ。



 好きなだけ美右を泣かせた後、落ち着くのを待って、僕らは同じ帰路を歩いた。
「赤くなってないかな」
 何度も気にする彼女に大丈夫だと言い聞かせて、隣を歩く。
「――あら、偶然。いまお帰り?」
 なのに、美右の声が後ろからした。いや違う。美左だ。
 ぎくりと隣の美右が足を止めた。ぎこちなく振り向いて、それでも彼女はなんとか笑顔を浮かべていた。
「うん、美左ちゃんも?」
「うん、すごい偶然」
 美左も笑って返したが、その笑顔はどこか意地悪く見えた。二卵性の双子である彼女は、一瞬だけ見れば似ているが、見慣れてしまえばまったく似ていない。
 しかし美左が首を少し傾げれば、肩下までの栗色の巻き毛が、揺れる。美右と同じ髪型だ。
 しかも同じワンピースを着ている。見分けをつけるのは僕か家族でないと難しいかもしれない。
「シンも、なんか久しぶりにあった気分。学科違うとなかなか会わないね」
 美左は僕にも笑いかけた。そういう時は、彼女に余裕があるときだ。僕のことは普段見ないようにしている。
「あの、わたし、ちょっと急いでるから」
 じり、と美右は数歩あとずさったあと、誰の返事も待たずに踵を返した。
 かけていく後ろ姿に、くすくすと美左が笑う。
「なにも逃げなくてもいいのに」
「……わかってるくせに」
 言わなくてもいいことを、僕は言った。美左がとたんに不機嫌そうに眉をひそめる。
「また、取ったんだ。美右の好きな人」
「さあ? 別に付き合ってたわけでも、告白したわけでもないでしょ。今回はさ」
「今回は、ね」
 僕は唇をかんだ。付き合っている相手を奪ったこともあるということだ。美左は、美右の相手を奪うためなら、なんだってする。自分の体を使ってでもだ。
「まあ、テキトーにやって別れるから、そのあとは好きにしたらいいんじゃない」
 鼻で笑って美左は歩き出す。
「そしたらまた邪魔するんでしょ。いつまで続ける気なの」
「いつまでもよ。美右が――私を見るまで」
 僕に背中を向けて、美左の肩が少し震えた。彼女は決して僕に涙を見せなかった。
 美左が一番望むのはいつだって美右で、けれど美右は決して彼女を望んだりしなかった。美右が他人を好きになるたび、彼女は多くの手段の中で、一番よくない方法を取ってそれを奪ってみせる。
 やめなよ、もう。そんな行為に救いはあるの。そう何度だって言ったし、美左が続けるなら言い続けることになるんだろう。せめて美右が恋をしなければと思うけれど、彼女はまたすぐに次の人を見つけるだろう。そしてまた傷つく。
 僕の問いに、決まって、美左は鼻で笑ってこう返すのだった。
「――だったら、あんたが美右と付き合えばいいじゃない。そうしたら、私、あんたと寝てあげるよ」
 振り向いた顔は、意地の悪い笑顔だ。
「僕と美右は、親友だよ」
 そう、何度だって繰り返す。美右は決して僕を好きになったりしない。
「僕が好きなのは美左だって、知ってるだろ」
「……バカだね、お互い」
 そう言うと、美左が引きずる長い影は僕の横を通り抜けて遠ざかり、決して一つになることはなかった。


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書いたの:2014/9/22 フリーワンライ企画お題使用(ワンライには不参加)
お題:斜日の陽は影を伸ばして 救いはあるか
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