狂い咲きの桜

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「次の桜は一緒に見れないかと思ってた。異常気象様々だね」
 ユキはカメラのファインダーを覗きこみながら、一心不乱にシャッターを押している。
 私はそのなかに収まり、なるべく自然体で、わざとらしくならないようなポーズで桜を見上げる。
 先月末急に寒くなって一気に冬がやって来たと思っていたら、一転、月曜日から気温二桁を連発して、近所の公園の桜が季節を勘違いし始めた。
 今日は久々に肌寒く、冬が戻りつつあるけれど、ユキを誘い出す口実ができて良かった、とまばらに咲く桜の木の下で白い息を吐きながら思う。
 ユキが言った通り、次の桜の季節、彼女はここにはいない。
 といっても、そんな深刻理由じゃなくて、旅行に行くってだけだけど。
 ただ、行き先は宇宙だ。近年、宇宙旅行は大分一般的になってきたけど、それでも出発前に一定期間海外での事前研修が必要になる。日本人にはなかなかハードルが高い。
「英語の勉強どう?」
「うーん、ビミョー」
 芳しくない答えにくすりと笑う。
 ほんとは聞くまでもなくて、子供の頃に宇宙から撮った地球の写真を見て以来、宇宙に行きたくて行きたくて、ユキがそのために色んな努力をしてたのを私はよく知ってる。
 宇宙飛行士の夢は残念ながら破れてしまったけど、宇宙のほうが近づいてきてくれる時代になった。
 いつか私の手の届かないところに行ってしまうんだろうとひそかにしていた覚悟は、あまり意味のないものになった。
「写真、たくさん撮ってくるね。宇宙のも、アメリカのも」
 撮ったばかりの私と桜の写真を見せてくれながら、ユキが言い、私は彼女のずり落ちかけたマフラーをそっと直した。


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書いたの:2015/12/12フリーワンライ企画にて
お題:真冬と桜の花弁 宇宙旅行
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