竜の涙石

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「カルメシー、お前の涙が……欲しい」
 そう言いながら、カルメシーの顔の前でグルナードが左の手を大きく広げたのを見て、カルメシーはついにこの日が来たかと感慨深く思った。
 グルナードが見せたのは手のひらではなく、正確に言えば左の薬指だ。男性でありながら、白くほっそりとして、今まで重いものなど持ったことのないような、繊細な王子の指だ。


 この国の王宮には大昔から一匹の竜が棲みついている。それが一体いつからなのか、カルメシー自身にすら記憶にもなく、人間側の記録も数百年前の戦火で一度消えてしまった。王朝が何度も変わり、王族の血が入れ替わっても、カルメシーはずっとここで、国を見守ってきた。
 何故と問われても、カルメシーにもはっきりと答えられない。何かの契約があるわけでもなく、鎖や牢に繋がれているわけでもない。彼の寝床は王宮の中庭だ。空は広く、竜の翼ならいつでも簡単に出ていける。
 今ならただ、居心地がいいからだと答えるだろう。数百年前の内戦を最後に、国は安定している。王子であるグルナードが武器を手にする必要がないほどだ。平和な世はなんとも心地がよかった。
 だがしかし、今王子の右手には、真新しい長剣が握られている。今この時代で、一番の刀鍛冶が作った王子の為の剣だ。竜の鱗を貫くことができるだろう。
 カルメシーの意志とは関係のないところで、王族の中ではいつからか、王子の花嫁に竜の涙から作る宝石の指輪を贈るのが習わしとなっている。竜の涙が大きければ大きいほど、立派な指輪になるだろう。そしてそれには、竜に大きな痛みを与える必要がある。
 グルナードも今年で齢十七だ。次の王となるため、貴族の娘を娶ると聞かされた。


「グルナよ、何故お前が泣く。必要なのは、私の涙だろう」
 カルメシーが静かに問うと、グルナ―ドはハッとして自分の眼を拭った。
 間に合わず、零れた雫が一筋、地面に落ちて消える。
「……何故カルを傷つけなければならない」
 消え入りそうな声に、カルメシーは目を細める。
 優しい王子だ。右手の剣は似つかわしくない。
 幼少から暇を見ては中庭を訪れ、竜と共に時間を過ごした仲だった。
「こんなことをしなくてはならないなら、王冠など――」
「その先は言うな。あの娘を愛していることには違いがないはずだ」
 やれと言って首を差し出した。歴代の王たちがつけていった古傷がそこにある。世界一の剣をもってしても、命を奪うまでには至らない。古代の竜はそこまで柔ではない。
 唇を引き結んだグルナードが剣を振り上げ、カルメシーは目を瞑る。


「僕が一番に愛しているのは、君なんだ」
 痛みはいつまでもやってこず、訪れたのは、暖かな抱擁だった。
――言うなと言っただろう、カルメシーの思いの代わりに、赤い涙が落ちた。


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書いたの:2014/9/7 フリーワンライ企画にて
お題:薬指の束縛 零れる 王冠
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