流血の誘惑

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 その鋭利な切っ先に長く触れていたい。
 触れれば触れるだけ私の肌を傷つけ、やがて血を流すとしても、私は彼のその刃のような魂に触れていたい。
 どれだけ血まみれになっても、それは死に至ることのない、快楽のような錯覚さえ覚える甘い痛みだ。



「もうやめてくれよ。見てらんないよ。任務ならいざ知らず、あんなもんで血まみれになるお前はみたくないよ」
 ハルトが懇願するように自身の両手を握りしめた。
 おかしなことを言う弟だ。 血まみれを見るのが嫌なら、医療班なんて志さなきゃよかったのに。
 ああ、でも。彼が彼として生まれた以上、医療班でなければ戦場に立たねばならないのだから、ハルトの選択は、一番ダメージが少ないともいえる。
「あんなもんって、これは訓練よ」
「訓練じゃねぇよ。毎日毎日切り刻まれて、なにそれが当たり前みたいな顔してやがんだよ」
 むしろ自分が切り刻まれているように、ハルトは辛そうな表情で、包帯を巻いた私の腕に触れた。
 私はじっとその手を見下ろす。やはり彼は、あまりこの職が向いていないように思える。いちいち人の痛みを感受しては、辛いことも多かろう。
「だって、今は戦線を外されてしまっているし。あの人、それしか分からないから」
 私の愛する人は戦うことにしか興味がない人だ。
 常により強い人を求め、それだけの為に生き、他は何一つできない大きな赤ん坊のような人だ。
 彼に私を求めてもらえるよう、私はこれまで鍛錬を積んできた。
「……死ぬまでやる気なのかよ」
 ハルトの悲痛な声に、私も悲しくなってくる。誰かが悲しんだり辛そうにしたりするのは嫌だなと、そう思う感情は私にもある。
 安心させるように、 私は微笑んでみせた。
「まさか。死んだら戦えないじゃない」 
 この件において、当事者である私たちは決して悲しんだり苦しんだりはしない。
 血まみれで笑う彼をなにより愛してる。



「怪我はもういいのか?」
 引き留めるハルトを振り切って医務室を出ると、外ではイチヤが待っていた。私と同じように隊服の下に包帯を巻かれているのを見て、それをとても愛おしく思う自分が居る。
 私の切っ先は彼に届いた。
「うん、いいよ」
「そうか……じゃあ、また戦おうか。次は負けないから」
 子供が遊び相手を求めるように、無邪気な顔で。その甘い誘惑に、私は抗うことができない。


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書いたの:2014/12/20 フリーワンライ企画にて
お題:甘い誘惑 まるで大きな赤ん坊
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