ライバル

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「ビーゼ先輩が卒業する前に、どうしても、どーっしても! 見たいの!」
 アネットの我儘なんかに付き合うんじゃなかった。入学してからもう何度目だか分からない後悔が頭をよぎる。
演舞場に一人で潜入する勇気も度胸もないのなら、そもそも最初からあきらめるべきだったんだ。あたしが巻き込まれる理由なんて、これっぽっちもなかった。
 そう憤慨しながらもしゃりしゃりと林檎を向いていたら、普段なら一度も途切れず剥ける皮がぶつりと途中で切れた。
「ごめんて」
 病院のベッドの上で、ミイラ女がやや逆ギレ気味に私に言う。
「べつに。怪我したのはそっちだし」
「怒った顔してるじゃん。ごめんってば」
「べつに」
 頭の中ではぐだぐだと文句が並んでいるけれど、一番腹が立つのは、このいかにも分かりやすくグルグルに包帯を巻かれたミイラ女、アネットのこの誠意の感じられない謝罪の仕方だ。こちらがちゃんと見えてるのかどうかも不明な、その包帯の向こうでどんな顔をしているかは分かったもんじゃない。せめて神妙な声を出して欲しい。
 とはいえその包帯の中身の状態を知っているあたしなので、それ以上文句も言えない。あたしは魔法で皿を取り出して、剥き終えた林檎を四分の一に切ると、半分にあたる二つを差し出す。もう半分はあたしが食べる。
「それ、来週の卒業式までに治るわけ? 無理でしょ」
「治す! 気合で! 先輩の炎舞見たいもん!」
 鼻息荒く言うもんだから、鼻のあたりの包帯がピスピス音を立てて震える。間抜けだ。
 あたしたちの通う魔法学校は、炎の精霊に守護されている。卒業式の後に毎年その年の首席卒業生がその炎の精霊に、学生生活の感謝を表して行う儀式として炎舞を奉納するのが伝統だ。今年の舞姫は学園一の美女で才女と目されるビーゼ先輩。
 舞姫になるのは全生徒の憧れで、たった一人のそれに選ばれるために、炎の魔法ばっかり練習する子だっている。でもそれだけじゃあ駄目で、舞姫になるには総合的な魔法の技術が必要だ。
「素敵だったなぁ、先輩」
 皿を受け取りつつ、うっとりしたようにアネットは言う。
 その視線の先には、昨日二人でこっそり盗み見したビーゼ先輩の炎舞の練習風景が浮かんでいるのだろう。あたしには見えないけど。
 あたしは林檎をかじりながら、「そうね」とあえてなげやりに答える。
 アネットは入学最初のオリエンテーションで一目ぼれして以来ビーゼ先輩信者だけど、正直あたしは先輩のライバルである、アノン先輩派だ。彼女たちはしょっちゅう校庭で魔法バトルをしていてたけど、それが見られなくなると思うと、ちょっとさびしい。
 ビーゼ先輩はどちらかと言えばクールなタイプで、近寄りがたいんだけど、アノン先輩は気さくで親しみやすい。ちょっとがさつで喧嘩っ早いのが玉にきず。あとスタイルも、アノン先輩のほうがいい。
 でも一回そう口にしたら絶交すらあり得たレベルの喧嘩になったので、アネットの前ではビーゼ信者の皮を被るようにしている。うん、まあビーゼ先輩もかっこいいよね。
 ちなみにアノン先輩は水の魔法を得意とするから、舞姫の候補者には上がらなかったらしい。残念。決してビーゼ先輩に負けたわけじゃないというのは、隠れ信者として主張しておきたい。
「さみしいなぁ……あたしも一緒に卒業できたらいいのに! そして一緒に騎士団に入るの!」
 ついに妄言を口にし始めたか。ただでさえ騎士団は狭き門だ。たとえ一緒に卒業したって入れるかは定かじゃない。というか今のアネットの成績じゃ無理だろう。
「いいからさっさと食べなよ」
「あ、はい」
 口元あたりの包帯を人差し指で引き下げて、真っ赤に腫れた痛々しい唇をあらわにすると、アネットは林檎を食べ始める。けど、ちゃんと食事をとれる姿を見ると、ちょっとホッとする。昨日は死んじゃうんじゃないかって、こっちが死ぬぐらい心配でパニックを起こして、落ち着けって怒られたんだった。気合で治すと言うだけはある、彼女の生命力には感動する。
 ビーゼ先輩の炎の魔法は学園一だ。あの、何でも焼き尽くすような熱量の炎の塊を自在に操る。文字通り、アネットはそれに「あてられて」しまった。透明化の魔法を使ってこっそり近づいたその顔面に、炎の塊が直撃。儀式中だってもっと離れてみるものなのに、近づきすぎたんだ。
 そのあとはもう大騒ぎだ。でも憧れの先輩にお姫様抱っこされて病院に担ぎ込まれた上、応急処置の魔法までかけて貰えたんだから、アネットは名誉の負傷と言い張る。使い方が間違っている。
 むしろあの先輩の炎で得た火傷だから、嬉しいくらいらしい。火だるまになったのに、変態だ。
 幸せなのはアネットだけで、あたしは逆に散々だ。演舞場に忍び込んだことを先生や先輩たちに怒られるのも一人だったし、炎舞の練習に付き合ってあの場にいたアノン先輩にも苦笑いされちゃった。
 思い出してまた悶々としてきたあたしとは裏腹に、一つ目の林檎を食べ終えたアネットが「そうそう」と嬉しそうな声を上げた。
「カミアが来るちょっと前に、ビーゼ先輩がお見舞いにいらしてくれたの。炎舞に興味があるって言ったら、退寮前なら教えてくれるって言ってくれたのよ! そうなったら来年の舞姫は私かも!」
「んぐ!?」
 ふざけんな、そんなことがあってたまるか。思わず言いそうになったが、口の中に林檎が喉に詰まりそうになって阻止された。
 そんな馬鹿な。アネットばっかりいい思いをさせてたまるか。
 こうなりゃあたしが舞姫になってやる。今日から猛特訓だ。負けてたまるかと思いながら、あたしは残ったもう一個の林檎を噛み砕いた。


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書いたの:2015/2/7フリーワンライ企画にて
お題:卒業する前に しゃりしゃり 炎舞
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