いくさひめといやしひめ

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 世の中、成るより在り続ける方が難しい。
「ほうかねぇ」
 私の持論に対し、彼女の相槌は麺を啜る音の合間に間抜けな響きで消えて行く。
「そうですよ」
 戦姫、と呼ばれ、ひとたび戦場に出れば多くの敵を蹴散らして恐れられているくせに、こういう飾らない人柄のせいで多くの人に引きつけるし、私もそのうちの一人であるから、だからこそ、私の立ち位置に居続けることは難しい。
「戦姫で在り続けることは簡単さ。切って壊して生きて帰る、それだけ。あたしがあたしに成るまでの半生の方が壮絶だったよ」
 サリアの持って来た差し入れの非常用ラーメンは、今日もきっと私の胃袋には入らず、全て彼女の胃に収まるだろう。
 それでいいと思う私は、半ば棚ボタで手に入れた癒姫の呼び名を手放さないために、今日も魔道の書にかじりついている。私の前に癒姫と呼ばれた女性は、サリアの姉だった。多くの戦士を救った彼女は、今、望んでサリアに癒力を壊されて戦火の届かない平和な地で普通の女性として暮らしている。
 それを思うと、在り続けることの難しさに胃が痛む。サリアはきっと、使えなくなった私を容赦なく切り捨てるだろう。
『星が流れる理由を答えなさい』
 どの魔道書にも必ず最初にある記述を指でなぞる。おとめ座の乙女が泣くからだ。乙女の涙はこの地に降り注いで、厄災となり、壊すだけが取り柄だった少女を戦姫にする。
 どんな小さな傷でもそれにふさわしい呪文がある。ひとつの判断ミスが、彼女の命を危険にさらすことになる。それが恐ろしくて、いつからか私は本から顔があげられなくなっていた。
 ずいぶん前にお湯を注いだ私の分のカップ麺を引き寄せてから、サリアは目を細めて私を見る。私の持つ魔道書を指ではじいた。
「無理しなくたって、あたしのそばにいてくれるだけでいいんだよ、癒姫はさ」
 気軽に言ってくれる。それがどれだけ難しいか、彼女だけは知らない。
 私のそばから離れて行ったラーメンをサリアから取り返し、「だからこそですよ」と返した。
 ラーメンは、まだ伸びる。


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書いたの:2016/1/16フリーワンライ企画にて
お題:星が流れる理由を答えなさい ラーメンはまだ伸びる

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