不死鳥の娘

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 燃える。
 壁も床も天井も、何もかもがだ。
 辺りを炎に囲まれながら、男はゆっくりと屋敷の奥へと進んでいく。
 最奥の部屋、格子の窓のついたその扉を蹴破ると、煙と炎に侵食されつつある部屋のなかで、天蓋付きのベッドの上、一際赤い煌めきがもぞりと動いた。
 女だった。
 赤いドレスに身を包み、長く伸びた金の髪の隙間から女は男を見上げるが、この状況下であっても、彼女はやんわりとした微笑みを浮かべて男を出迎える。
「いらっしゃい。そろそろ誰かいらしてくれないかと思っていましたの」
 退屈で、と言って彼女は痩せ細った足をさすった。そこにはめられた鉄の枷が金属の音色を奏でる。
「あなたが今回の暗殺者? 随分と大胆なことをなさるのね」
 責めるような言葉とは裏腹に、口調はまるで感心するようなそれであった。
 壁にかけられた肖像画が音をたてて床に落ち、瞬く間に炎に飲み込まれる。額のなかで生真面目そうな貴族の男が、燃え尽きる直前苦悶の表情を浮かべたように男は見えたが、幻だろう。
「まさかお屋敷ごと葬り去ろうだなんて……あの方がよくお許しになったものだわ。この屋敷はおじいさまからの時代の物だと、よくおっしゃっていたもの」
 男は床を這う炎を跨ぎ、女の横たわるベッドにゆっくりと近づいた。
 女はおびえるようすもなく、それを見上げる。
「いいえ」
 傍までやってきて、低い声で男は首を降る。
「旦那さまの遺言でございます」
「遺言?」
 女は眉をひそめた。彼は視線を女からそらし、跪いて足首の枷をはずそうと古びた鍵を差し込んだ。数十年使われていなかった鍵穴は錆び付いて、なかなか解錠できない。だらりと男の額から汗が流れ落ちた。一方で、女の方は汗ひとつかいてはいない。
「いつ」
「今朝早くに」
「……そう」
 ばきんと折れるような音をさせて枷が外れた。女は漫然と、自由になった自身の足を眺める。
「ごめんなさいね」
 それが誰に向けられた謝罪なのか分からず、男のは枷を持ったまま彼女見た。
「私はあの人で終わりにするつもりなの」
「そんな」
 女は悲しげに微笑み、男から枷を取り上げて、それを抱き締める。
「これはあの方が私にくださった最後の贈り物だから……一緒に逝きたいの」
「あなたは、死なないはずだ」
 すがるような声で男は腕を掴んだが、女は微笑んだまま首をかしげる。
「そう。私は不死鳥。例え死んでも灰の中からまた甦る。……だからあの方は私を愛し、そして恐れた。私が愛を唱えただけ、あの方は私を嫌いになるの。変わらない私をそばに置くのが辛くなるの。殺してしまいたくなるほどに」
 煙を吸い込み、男は激しく咳き込み、女のベッドに手をついた。彼女はその頭を優しく撫でると、赤い不思議な光が宙を待った。咳が止まる。
「あの方だけじゃないわ。今までの夫も。そして貴方も。欲しがるくせにいつか怖くなる。閉じ込め、首を絞め、そのたびに生き返る私を見て絶望するの」
 女は悲しげに笑う。
「人を愛すのはもうやめるつもり。私はもう空で生きる。一人は嫌だけど、愛しい人をこれ以上喪うよりはましだと思えるようになったの」
 お逃げなさい、と続けた彼女に、男は激しく首を横に降り、女の細い腕を握りしめた。
「ずっとお慕いしておりました、奥さま」
 愛の告白にも、女は顔色一つ変えず、一度だけ目を瞬かせる。そして、ふと気づいたように言った。
「いつも格子の隙間から花を下さっていたのは、あなただったのね」
 男はじっと女を見つめ、決意したように頷く。
「添うことが叶わぬなら、せめてーー」
 男は耳元で何事か囁き、女はそれを驚いた目で見返す。
「……いいわ。なら、私を抱き締めて、きつく、離さないで」
「はい」
 男は不死鳥の娘を押し倒すように抱き締める。
 そして、燃え落ちてきた天井に、二人は飲み込まれた。

『せめて、次に生まれる彼女をくるむ灰の一つになれますように』


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書いたの:2015/3/21フリーワンライ企画にて
お題:プレゼント 愛してるの数だけ嫌いになるの
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