遅すぎた帰還

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「そうか、フェドーラ、そうか、死んだ、のか」
 おばあ様が遺した大きな箪笥の引き出しを開けたら、一人の男の人が出てきた。
 見たことのない闇色の髪に蜜色の肌をしたその人は、私からおばあ様が亡くなったことを知ると、ぽろぽろと涙を流してその場に座り込んだのだった。
 大人の男の人が泣く姿を初めて見た私は、どうしてよいかわからず、まずハンカチを探した。
「あなたは、だあれ? どこから来たの?」
 やっと見つけたハンカチを差し出しながら尋ねると、礼と共に受け取った手は武骨で大きかった。
「……セイヤ。ニホンから来た」
 異国の響きに聞き覚えがあった。ニホン――遥かなる異世界の名だ。彼の名前も。
「あなたはもしかして、おばあ様と一緒に世界を救った勇者さま?」
 世界が暗闇に包まれたのは、私が生まれるずっと前、おばあ様が幼い少女だったころだ。そうだとしたら、セイヤはずいぶんと若い。伝説の勇者は歳をとらないのだろうか。
「……そんないいもんじゃない」
「あなたが来たということは、世界はまた暗闇に包まれるの?」
 不安になった私の頭を、大きな手がわしわしと撫でる。
「心配するな。友達に会いに来ただけだ。本当は、もっと早く戻ってきたかった……」
 この人がいなければ、世界は三度滅んでいたという。おばあ様の昔話の中でどんな困難にも諦めずに立ち向かったその彼はとても寂しそうで、私は思わずその手をそっと掴んだ。
「あの、おばあ様はずっと、ありがとうって言いたがっていました」
 勇者様は少しだけ驚いたように目を見開いた後、さびしそうに笑って私の手を握り返してくれた。


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書いたの:2016/3/13フリーワンライ企画お題使用
お題:引き出しに潜むもの
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