お菓子の魔人

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 爆発音に顔をあげた。
「おや、もうそんな時間かい」
 向かいの畝でトマトを収穫していたリファ姐さんが、真昼間なのに頭上を横切った黒い流れ星を仰いで見送って呟いた。鋏をかごに置き、立ち上がって、大きく伸びをする。
「サナ、迎えにいっておやり。お茶にしようね」
「はーい」
 バキバキ音のする首を回した姐さんに私は頷き、爆発音の発生源を振り向いた。
 黒煙を吐きだすお城の塔は、ぽっかりと壁に開けた大きな口を徐々に閉じ始めていた。



 煙をたどっていけば、居場所はすぐにわかる。
「アラトー、今日のおやつはー?」
 黒い流星は菜園を軽々と飛び越え、城壁を囲んで生い茂る林の中に落ちていた。
 最初に見た時は悲鳴をあげたけれど、今はもうすっかり慣れてしまい、ぐずぐずと煙を出す黒こげの人形から、こげがの塊がはげ落ちて行く様をじっと眺めて待つ。
「まただめだった」
 まず顔から大きな塊がぽろりと落ちたあたりで、、アラトはため息と一緒にそんなことを呟く。
「そりゃねぇ」
 私は隣にしゃがみ込んで、両手で頬づえをついて相槌を打った。
 どんな魔法を使ったって、お城の壁に軽々と穴を開けるような女王さまの爆発魔法を体に受けて吹き飛ばされたら普通、死んでしまう。
 それを平然と黒こげで生きているアラトは、普通じゃないからだ。
 アラトは五百年前に封印されて、先日私がその封印を破ってしまった魔人だ。元は人間だったって言い張るけど誰も信じてない。それぐらいに人間離れしてる。
 五百年ぶりに新鮮な空気を吸った彼は、それと同時にこのお城に住む引き籠りの女王様に一目ぼれして以来、毎日おやつの時間に女王様に求婚しに行くようになった。
 なんでおやつの時間かというと、アラトは今、お城に菓子職人として雇われているからだ。
「今日のおやつは?」
 ため息をつきながら自らの体を修復していくアラトの気分を変えるために、話題を切り替える。
「ズゴット」
 名前から具体的なお菓子の想像がつかない。
「陛下は俺のケーキだけが目的なのかな」
「そりゃそうでしょうとも」
 だって菓子職人として雇ってるんだから。
 それに今の女王様は誰にも心を開かない。三人目の王婿さまを亡くしてから、お城の一番高い塔に引き籠って朝と晩の礼拝の時にしか出てこない。
 あの方を愛した男の人は皆死ぬ、そんな風に影でささやかれるようになったら、私だって平気で表を歩けない。大好物だった私たちが作ったトマトも、今ちゃんと食べてくれているのか、分からない。
「もう誰も死なせたくないんだって」
「俺は死なない」
「でも死にたいんでしょ? 死ねないけど」
「死にたくない、今は」
 五百年間壺の中に封印されていたアラトは初めて私に会ったとき、最初に「死にたい、殺してくれ」と呟いた。
 製菓の腕前からしてきっと封印前も似たような生活をしていただろうに、いったい何があったのか。アラトは過去を語ってくれないけれど、五百年の孤独は、彼の心に深い傷を負わせたらしい。
「陛下、今日のケーキおいしいって言って下さるだろうか」
「まずいって言われたことあるの?」
「ない。今日も最高傑作だ」
 自信ありげにアラトが立ち上がる。ぼろぼろと剥がれたコゲが砂になっていく。
 一時はガリガリにやつれてやせ細って、このまま倒れてしまうんじゃないかと皆に心配をかけた女王様も、アラトのお菓子のおかげか今は少し昔の面影を取り戻し始めた。そう遠くないうちに、塔から出てきて私たちの野菜をほめてくれないかなって思う。
「サナたちの分もあるからな」
「うん。楽しみ」
 帰ろう、そう言って死にたがりの魔人と私は今日も手をつなぐ。


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書いたの:2016/1/29創作onewriteにて
お題:死にたがりの求愛(レイラの初恋さまより)

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