片隅ノート

TOP



 そのノートを見つけたのは、六月の終わり、林間学校が終わってしばらく経った頃のことだ。
 教室の棚の片隅に設置された、誰の目にもとまらないような学校の歴史がつづられた冊子に挟み込まれるようにして、そのノートは隠されていた。
――彼の気持ちがわからない。
 その言葉から始まった文章は、私がただひたすら無為に過ごした林間学校での出来事がシャープペンシルでつづられていて、筆者と、別のある生徒との恋にまつわる悩みが独白的に連なっていた。
 誰が書いたものか、何故このノートがこんなところに隠されていたのか、私には見当もつかなかったが、ぷつりと途中で途切れる文章の続きが気になって、放課後、誰もいない教室でノートを確認するのが以来私の日課となった。
 ノートは日によって、あったりなかったりした。消えたノートが帰って来た日は独白が増えていたので、おそらく筆者が持ち帰ったのだろう。
 『彼』と筆者の恋は進んでいるようで、進まない。
 気まぐれな彼に振り回され、他人事ながら私は何度もイラついた。
 自分から近づいてきたくせに、時に彼は彼女を急に突き放す行動を繰り返し、そのたびに彼女は困惑し、ノートに自らの辛い気持ちを書き連ねていく。
――彼の気持ちがわからない。
 私の存在を知っているのか、知らないのか。繰り返し誰かにアドバイスを求めているようにも思える独白に、ふと魔が差すこともあったが、私はすんでのところで踏みとどまっていた。娯楽として彼女の愛憎を楽しんでいる私に、何か言える権利はないように思う。


――彼がいなくなった。本当に、突然に。
 ある日のノートにそう書かれていて、ついに私は彼の正体にいきつくこととなった。
 筆者の正体は未だ謎のまま、けれど私はここにきて初めて、自分の筆入れからペンを取りだした。
 後悔のないように、と書いた私の文字はノートに浮いているように見えたけど、不思議と違和感はなかった。


――会いに行こうと思う。
 ノートの間から、はらりと一枚の絵葉書が舞い落ちた。きらめく夜空と夜景の写真、会いたいという意外にも丁寧で実直そうな文字の上に、涙のシミが出来ている。
――勇気が出た。ありがとう。
 最後に書かれた丸文字の言葉をなぞりながら、私は絵葉書を拾い上げて、療養のために転校した彼を追っていなくなった彼女のことを思った。


TOP

書いたの:2015/12/21フリーワンライ企画にて
お題:シャープペンシルで綴る愛憎 苦い口づけ、笑うキミ 絵葉書 煌めく夜空に零れる涙
Copyright 2015 chiaki mizumachi all rights reserved.