まな板の上の人魚

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「五才のときに海で溺れる僕を助けてくれたのは、青い目をした美しい人魚だった」
 酒に酔うといつも彼はそう話す。会いたいと夢を見るのだと。
 その度に私は頭のなかで顔も知らない人魚を捌いてやりたいと思う。ううん、顔は知ってる。私だもの。目は青くなんかないけど。
 一体彼の記憶はどこでどうなってしまったのか。一緒に海に行ったのも、溺れた彼を引き上げたのも、パニクって情けなく泣きじゃくる彼を励ましたのも全部私だったはずなのに。思い出の美化なのか海水を飲み過ぎたせいなのか、命の恩人どころかすっかり初恋の相手のポジションまですり変わって、私になんとか残ったのは幼馴染みの称号だけ。
 これじゃあまるで逆人魚姫だ。
 でも絵本の中のような思い出を幸せそうに語る彼にそれ私だよって今日も言えないまま、人魚のつもりで注文した刺身を口に放り込んだ。


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書いたの:2016/11/13フリーワンライ企画にて
お題:溺れる 会いたいと夢に見る
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