逃げるが勝ちだが逃げきれない

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 全員集合、といつもの突然の連続に、五秒ほど固まった後、げんなりとため息をつく。
 用件は分かっている、来週はホワイトデーだ。逆チョコを贈った覚えはないが、イベントにかこつけてやってくるのがいつものパターンだ。集合と言いつつ押しかけてくるのだから始末に負えない。来いと言われて素直に来る俺たちじゃないのを、奴は恐らく理解している。
「よし、逃げよう」
 出来るだけ遠くに。丁度京都に行きたかった、気がする。バイト代も溜まってる。みすみす魔女の餌食になる俺じゃない。
「待ってよお兄ちゃん! 一人にしないで!」
 押入れから旅行バッグを取り出した俺に一つ下の妹が縋り付く。CCで同じ文言のメールが来たのは知っている。
「絵里も逃げればいいだろ」
「まだ学校終わってないのに逃げられないよ! お兄ちゃんだってそうじゃない!」
「単位より命の方が大事だ!」
「ずるい!」
 ギャアギャア醜い兄妹喧嘩をしていると、スパンと小気味よい音を立てて自室の襖が開いた。のっそりと冬眠から覚めた熊のように現れたのは我らが長兄だ。実際昼寝していたのだろう、フランスのトリコロールが真ん中にどでんと描かれた完全おかんの趣味だと分かる寝間着Tシャツをめくりあげて腹を掻きながら、「うるせぇ」低い声で俺たちを睨む。
「だって大兄ちゃん!」
 俺は口をつぐんだが、流石末っ子として蝶よ花よと扱われてきた妹は怯まない。
「大兄ちゃんもメール来てたでしょ?! ちい兄ちゃんだけ逃げようとしてるんだもん止めてよ!」
「めえる?」
「アコちゃんからのメール!」
 寝ぼけ眼のアニキの顔が、みるみる青ざめるのを俺は一周まわって楽しんだ。
「馬鹿だなお前、黙ってればアニキだけの犠牲で済んだかもしれないのに」
「あっ」
 三人とも助かる道はない。奴は執念深いので、どこまででも追いかけてくる。なら長兄として、アコと一番付き合いの長い幼馴染として、犠牲になってもらいたかったのに。アコの方だって、アニキが居れば本来は満足だったのだ。変に気を利かせたのか恥ずかしいのか、その結果俺たちまで被害に遭う羽目にあっている。
「な、何時にくるって」
「もうすぐ」
「早く言えっ!」
 バタバタとアニキが部屋を出ていく。恐らく逃げる準備のためだろうが、しかし俺たちは兄弟喧嘩に時間をかけすぎた。
 無情にもピンポーンとチャイムが鳴り響く。ギャーと一足早くアニキの悲鳴が聞こえた。毎度のこれが喜びの声に聞こえるのだから、奴の耳は多分腐っている。
――あげてもいないチョコへの三倍返し、幼馴染制作の真っ黒な毒ッキーが振る舞われるまで、あと少し。


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書いたの:2018/3/11二代目フリーワンライ企画にて
お題:突然の連絡 三倍返し よし、逃げよう トリコロール
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