彼はナイトメア

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「僕が黒だって言えば、白だって黒になるのさ」
 それがカイリオの口癖ではあったけれども。
 額に浮かんだ玉のような汗が、いつしか頬をつたい、顎の先でぽたりと首もとのマフラーに落ちた。それでハッと我にかえって、私はマフラーと手袋を外す。
 昨日の朝の情報番組では、今日は冬将軍到来と煽っていたはずだ。暖冬でも結局ホワイトクリスマス、そう言っていた。
 なのにどうしたことか。一面の青空の下、ジワジワとクマゼミが鳴き喚き、アスファルトには陽炎が立ち上ぼり、冬用のファーつきのブーツの中で足が蒸れている。
 昨日までは寒々しかった木々もも、緑が生い茂って、すっかり冬の枯れた世界はどこかへ行き、カラフルを敷き詰めた世界になっている。
「芽以!」
 玄関先でコートを脱ぎ捨てたところで、得意気なカイリオが手を振って私の前に現れた。
 いつも通り真っ黒なレースとリボンだらけの服を着ているけれど、きっちり半袖だ。 
「カイリオ……なにしてくれたの」
「なにって」
 尋ねると、カイリオはきょとりと首をかしげてみせた。胸元の黒い馬をモチーフにしたペンダントが揺れた。顔色は青白く、わずかに開いた口から牙が見える。
「寒いのは嫌だもの」
 予想通りの回答。
「あっつい」
 私は呟いて、ブーツも靴下も脱いで裸足になる。ざらざらとしたコンクリートの地面に足裏が触れたけど、痛くはなかった。
 だってこれは、夢の中だから。夢魔のカイリオが作った世界の中だから。
「芽以、怒ってる? 不満なの?」
 無言で軽装になっていく私の顔を、カイリオは不思議そうに覗きこんでくる。
「だってこれはクリスマスって感じじゃないもの」
 真夏のクリスマスは経験がないから、違和感しかない。
「クリスマスに会おうって言ったから……もっと冬っぽいところかと思ってた」
 真夏のクリスマス、それならそれで、もっとふさわしい格好をしてきた。私なりに、カイリオに会うために、私の知ってるクリスマスに相応しい着る服のイメージをしてきたんだ。珍しくファッション誌なんか読んだりして。
 テンション駄々下がりの私に、カイリオが理解できないと言ったような困った顔をする。
「ごめん芽以、僕、そういうのよくわからないから。人間は難しいな」
 喜ぶと思ったのに、カイリオがぼやきながら腕を降ると、真夏の世界は一転して、薄暗くてもやのかかったような世界に変わる。これが本来のカイリオにとってのデフォルトの世界だ。
「作り直すよ。芽以の好きな世界に」
 しょんぼりと項垂れた彼を見ると、罪悪感を覚え始める。彼は彼で、私を喜ばせようとしてくれたのは分かる。
「これ」
 一度脱いだ時に消えてしまったコートを強く意識して腕のなかに取り戻すと、ポケットから袋を取り出した。
「あげる。大したものじゃないけど、クリスマスプレゼント」
 中はカイリオが好きそうなシルバーの指輪だ。
「プレゼント?」
「クリスマスだから」
「そういうものなの?」
「そういうものなの」
 言い聞かせるように繰り返すと、彼は嬉しそうに小箱を持つ私の手ごと両手で握りしめる。
「世界は僕の望み通りになるよ。だから芽以、しっかり手綱を握っていて?」
 カイリオの黒い瞳に吸い込まれそうになりながら、私はその手を握り返す。 
「さあ芽以の好きなクリスマスはどんな風? いっぱい、教えて」
 その微笑みはまるで悪魔のように見え……というかホントに悪魔の一種なんだけど、魅入ってしまって、目が離せない。


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書いたの:2015/12/26フリーワンライ企画にて
お題:真夏のクリスマス カラフルを敷き詰めた 夢現 「(いっぱい)教えて」 手綱をしっかり握っていて 微笑みはまるで悪魔のように
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