元々は正義の味方

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「意外だね」
 誰もいない駅前にぽつねんと立ち尽くす私に、肩の上の猫が呆れた口調でのんびり言う。
「なにが」
 私は目線を合わせにくい位置にいるその猫を無理に見たりせずに、客待ちのタクシーすら止まっていない無人のロータリーを睨み付ける。
「もっとサバサバしたタイプだと思ってた。来ないと分かっている相手を待ち続けるなんて」
 もう少しでも猫が勝ち誇った声を出してくれれば、少しは悔しさもこみ上げたのだろうか。
 便宜上猫と呼んだけど、この生き物は実のところ猫ではない。どこか遠い宇宙の生き物らしい。猫より小さく、どことなく猫よりきつい目付きのこの外来生物はすっかり猫と同類とみなされてペットに成り下がって世の中に愛でられているが、何故か我が家にやってきた個体は他と違って人語を話すしどことなく胡散臭い。
 彼ーー自称オスだが見分ける術がないし繁殖する様子もないーーら曰く故郷の星が滅んだ故の地球来訪らしいが、なんでこんな辺境に、と穿った見方をする者がどうして私の他に居なかったのだろう。
 他の個体が人前で話さず、この偽猫が宇宙生物だと知るのが私だけだから、なんだろうけども。
「もう帰ろうよ」
「あなただけ帰れば」
「つれない。一匹で帰るには道のりが遠すぎる」
 猫がゆるりと尻尾をくねらせながらため息をつき、甘えたように頭を頬に擦り付けた。
「思い出に浸ってるだけよ。待ってるんじゃないの」
 ほとんど気休めのように身につけたリンドウの髪飾りをそっと撫でた。
 これは私の力のシンボルだった。無敵の力をもたらすものだった。
ーー花言葉は正義と勝利。私たち二人でこの星を守るヒーローになりましょう。
 しかし待ち人はきっとこれをくれたことも、その時誓った約束も、私のことも忘れて、家の中でこの生物と戯れているに違いない。
 偽猫は世の中にすっかり溶け込んだどころか、溶けたところから侵食して怠惰の病を広げていってしまった。都市の機能はすっかり停止し、平日も休日も関係なく駅前ですらこの様だ。それなりに栄えた街だったはずなのに。
 これが彼らなりの侵略であると知っているのは私だけで、そしてもうそれに対して手の打ちようがなく、まもなく人の世が終わることを知っているのも私だけだった。
 その事について、私はただ仕方のないことだと思う。泣きもせずあがこうともせず、だからこの猫は、私が「サバサバ」だと思っているのだろう。
 私もまた、彼らの怠惰の病にかかっているだけなのに。
 届きそうで届かないものに手を伸ばすのは疲れる。待ち人のことだってそうだ。頑張れば、頑張り続ければ家の外に呼び出せるかもしれない。けどもう、私の気持ちが続かない。
 もしかすると、私の病は彼らがやって来るよりも前から……。
 そっとリンドウの髪飾りに触れる。プラスチックとしか思えない冷たく固い感触が、ただ物悲しかった。


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書いたの:2016/7/1フリーワンライ企画にて
お題:割れたガラスの上
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