愛の為の逃避行

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花嫁衣裳はジュウニヒトエがいい、と彼女は言った。耳慣れぬ響きにルフレリッキは首をかしげた。
「十二単、よ。憧れだったの。数字の十二にひとまとまりって意味の単」
 空中に文字を書きながら少女は花が咲いたように笑う。もう五年の付き合いになるというのに、ルフレリッキは初対面の時と変わらずそれに見とれた。もう聞きなれたはずの声にも心を惑わす魔術が含まれているかのように胸が高鳴る。
「君の望むままにしよう、アキ」
 ふわふわした気分でルフレリッキが彼女の手を取ると、少女は漆黒の目を恥ずかしげに伏せた。
 漆黒の髪も瞳も、彼の国ではほとんど見ない色だった。だからこそ欲しかった。破格の値段ではあったが、彼は両親の遺した財産のほとんどを使い切って、彼女を買い取った。否、勝ち取ったのだと彼は自負している。
 異世界からさらってこららた少女を侍らすことは、近頃の貴族にとってはステータスだ。首輪で服従させ、従者、あるいは寵姫として利用されることが多いが、正妻として結婚まで至ることはあまりない。彼らにとって異世界の少女は愛玩動物と一緒だからだ。
 それを飛び越えてでも、アキはルフレリッキにとって魅力的であった。
「でも用意できるかしら。故郷でもめったにみないものだから」
 それはどこか試すような口ぶりで、ルフレリッキはごくりと喉を鳴らした。



「ゲートを開けさせよう。業者に金を握らせればいい」
 三つ目の化生は七本ある指でしっかりとアキの手を握り、随分長い時間をかけて考え込んだあとにそう言った。縦一列に並んだ目は、いつもアキを見るたびに涙ぐんでいる。化生の涙は人と違って濁った泥のような涙だ。反射的に汚いと拒絶してしまわないように、アキは気を引き締める。
 アキは彼らの言葉をよく理解していない。なんとなくそういうニュアンスの言葉を言っているのだろう、程度の理解度だ。本当なら首に嵌められたリングが完全に翻訳してくれるのだが、さらわれて首輪をさせられた時に全力で抵抗したのが功をそうしたのだと、彼女がそれを知る由もないし、ルフなんとか、程度にしか名前も聞き取れていない異界人にも分かっていないようだった。
 だが置かれた境遇については理解している。だからできるだけ時間を稼がねば、と思った。あれこれとかぐや姫のように難題をつきつけるも、ルフレリッキはそれをクリアしてきた。だがどんどんクリアにかける時間は長くなっている。けれどアキの方も難題のネタが尽きてきた。
 帰りたい。逃げたい。こんなところにはいたくない。
 結婚はゴールではなくスタートだと、ここに来る直前に嫁いでいった姉はそういったけれど、アキにとっては今この結婚は、バットエンドへのゴールだ。
「ゲート、ですか、見てみたいな」
 流石に拒否されるだろうか。いや、これだけは頷かせてみせる。
 鳥肌が立たないように心を無にして、彼女は彼にしな垂れかかった。


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書いたの:2018/3/3二代目フリーワンライ企画にて
お題:十二単 化粧の涙 ゴールではなくてスタート
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