ことだまはじめました

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『ことだま始めました』
「また妙なことを始めたのかい。初代さんは?」
 店先に張り出した紙の文字をなぞり、松島さんは気難しい顔をして店番の私にいう。
「新商品です。おばあちゃんなら町内会の旅行ですけど、松島さんは行かなかったんですか?」
 おじいちゃんの代から付き合いのある松島家の長男である彼は、おばあちゃんと将棋や囲碁の勝負をするために、時折やってきては店の商品にケチをつけるのが趣味だ。
「僕をいくつだと思ってるんだ。ジジババの旅行についていくわけないだろう」
「そうです? 行ったら行ったで松島さんなら楽しめると思いますけど」
 確かに松島さんはアラサーど真ん中だけど、妙にジジ臭いところがあるし。普段着の洗いざらした藍色の作務衣を着ている後ろ姿は、うちのお父さんとあんまり変わらない気がする。お父さんと違って髪の毛はふさふさしてるけど。
「おばあちゃんとお約束してたんですか?」
「いや、今日は別に初代さんに用があったわけじゃないんだ。ところで今日は学校じゃないのか」
「いまどきは土曜日はお休みですよ。それじゃあ何しに来たんですか?」
「一応店屋だっていうのに、何しに来たもないだろう」
 何を言ってるんだ、と言わんばかりに松島さんは鼻で笑う。うちで買い物なんてめったにしないくせに、よく言う。
 松島さんはぐるりと店内を見回し、そして再び店先の紙に目を止める。
「言霊。声に出した言葉が現実の事象に対して何らかの影響を与える、という思想だな」
 バカバカしいな、と松島さんが吐き捨てるように言った。松島さんは科学で証明されること以外を信じてない人だ。彼の隣人は何代も続く魔法使いの家だっていうのに。
 まあその魔法は、あたしのいたずらでカエルにされて以来、とりあえずは認めるようになったけど。
「言霊じゃなくってことだまですって」
「どう違うっていうんだい」
「名前をつけたのはおばあちゃんだから詳しく説明できませんけど。とりあえず見てみます?」
 狭い店内に並べた棚の中から、大きなガラス瓶を背伸びして取る。中には色とりどりの飴玉が詰まっていた。
 このお店は、ひいばあちゃんの頃から始めた駄菓子屋だ。普通の駄菓子屋と少し違って、店主(今はあたしのおばあちゃん)が小さな魔法を込めたお菓子を扱っている。だから魔法を信じていない松島さんは、胡散臭いといって滅多に買い物してくれない。
「ほら、言いたいこと、言うべきことなのに言えないことってあるでしょう?」
「あんまりない」
 あっけらかんと松島さんは言う。流石、魔女に向かって「魔法なんて物語の中だけの存在」なんて言えちゃう人だ。感心する。
「……普通の人にはあるんです。この飴は、喉に詰まった言葉を通りやすくする効果があるんです」
 好きな人に愛の告白したいときなんかいいですよ、瓶から取り出して差し出すと、独身、その上ここ数年彼女すらいない彼は不愉快そうな顔をした。
 まあ松島さんは自分のお店の古本屋に引きこもって、推理小説を読んだり書いたりしてる人だから。あんまり出会いないもんね。
「まあ松島さんには必要ないかもしれないけど、糖分補給にいかがですか? 味は普通のイチゴの飴ですし」
 瓶から出しちゃったし、と続けると「そこまで言うなら」と、松島さんはしぶしぶと言った体で受け取った。本当は甘い物は目がなくて、スイーツの新商品をチェックしに毎週火曜はコンビニめぐりをしていること、みんな知ってるのになぁ。
「で、おばあちゃんに用じゃないなら何しに来たんですか?」
「君もしつこいな」
 わざわざケチつけに? と首をかしげると、早速口の中で飴玉を転がす松島さんはもごもごしながら頷く。
「昨日、猫をよけようとして自転車で転んでたろう? 心配だから来たんだ。大丈夫そうで安心した――あっ」
 しまったと松島さんが口元を押さえた。
「えっ見てたんですか! 声かけてくださいよ、恥ずかしい!」
「擦りむいていたようだったから気になった――じゃなくて!」
 ペラペラと滑らかに動く口を片手で押さえながら、逆の手で作務衣のポケットに入っていた新品のばんそうこうを取り出してあたしに押し付ける。
「これ! 使うといい」
 それも、貼るだけでかさぶたの効果になる高いヤツだ。コンビニの赤いテープが貼ってあるから、何かのついでとかじゃなくてこれだけ買ったんだろう。
「あ、ありがとうございます」
 驚きながらお礼を言うと、松島さんは顔を真っ赤にして「違うこんなはずでは」と何かに対しての否定をし続けている。
「飴ありがとう、おいしかったよ! じゃあまた!」
 普段なら絶対言わない感謝とあいさつまでして松島さんが店を飛び出して言った。
 あたしはぽかんと店内で 立ち尽くす。一体なんだったのだろう、と松島さんが開けっ放しで出て行ったガラス戸を見つめ、張り紙が目に入って嗚呼と気が付いた。
「相変わらず魔法の効きやすいひとだ……」
 あたしはそのまま、しばらく笑いが止まらなかった。


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書いたの:2015/4/5フリーワンライ企画にて
お題:あい(変換可) 糖分補給はいかが? 物語の中だけの存在 ことだま
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