神さまの恋活

TOP



 天雷が鳴り響き、教会の中に一瞬深い陰影を作り出す。
 扉が重々しく開く音がしたかと思うと、少しの間を置いてカツンと響いた甲高い足音に、十字架をぼんやりと見上げていた少女は顔を上げた。
「探しましたよ」
 雨の匂いを引き連れてやってきた人物に見覚えはなく、少女はわずかに眉を顰めて、手にしたナイフをまた強く握りしめる。
「だれ」
 これまでであったどんな人間とも似つかないその女は、小さくため息をついて少しずつこちらに近づいてくる。教会の床は少女を中心に赤い色が広がり、また袖を通したときは純白だったはずの少女のドレスにも同じ色がまだらに飛び散っている。
「気まぐれを起こすのも大概にしてください。またリセットしたんですか」
「リセット」
 淡々とした口調で気になった単語だけをおうむ返しをする少女に、女は床の赤を踏みつけて近づき、少女の額に手をやる。
「紅葉さま」
 呼びかけに、少女の瞳に冷たい光が灯った。
「なんだ、エンジか」
 名を呼ばれた女は何処かほっとしたようなため息を吐いて、小さく肩を竦める。さあこちらへ、と少女の肩を抱いて教会を出るように促した。
「思い出していただき、なによりです」
「エンジに名前を呼ばれたら戻るようにしてたのよ」
 女はどこか疑わしげに主を見たが、紅葉は気にした様子はない。
「どうでした? 人間生活」
「今回も駄目だった。どうしてうまくいかないんだろ」
 歩きながら、不服そうに紅葉は口を尖らせる。
「うまくやろうと思ってないからじゃないですか」
「そんなわけないでしょ、失礼な。ねぇところで千年ぶり? 顔が前と違うんだけど。老けた?」
「そちらこそ失礼な。寝て起きたらこうだったんだけで、むくんでるのかもしれません」
 疑わしげな目で紅葉はエンジを見上げると、「そういうことにしておいてあげる」と床に転がった赤の発生源を大股で跨いだ。
「あーあ、折角、今回こそ運命の人が出来たと思ったのに」
「そろそろ手法を変えてみたらいかがです? 理想の恋人を作るために一から世界を作るなんてコストパフォーマンスが悪すぎですよ」
「いい男は自分で作るものだって言ったのは誰よ?」
「それはわたしですけど。で、今回はどうして駄目だったんです?」
「誰にでも優しくして、私だけ見てくれなくなった」
 紅葉は握りしめたナイフを見下ろす。冷たい瞳に涙が浮かんだ。
「紅葉さまはほんと優しいだけの男が好きですよねぇ」
「ホンキに好きだったのになぁ。私だけ優しくしてくれればいいのに」
 エンジが慰めるように少女の肩を抱き、彼女は握ったナイフを床に投げ捨てる。
「それはそれは……では次は男だけの世界にしてみるとか」
「うーんそれは私の趣味的にビミョー」
 ナイフの小さな金属の音はすぐに雷鳴とそれに続く崩壊の地鳴りにかき消された。


TOP

書いたの:2015/10/2フリーワンライ企画にて
お題:天雷 雨の匂い
Copyright 2015 chiaki mizumachi all rights reserved.