君の瞳に恋したい

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 スナはいつか、一族を滅ぼすらしい。
 冗談めかして言う横顔は、いつもどこか寂しそうだった。



「ねえ。いっぺんでいいからその目隠しとってくれよ」
「嫌よ」
 埃っぽい小屋のなかで、ついに言った俺の言葉は、一言で袖にされてしまった。
 未婚の狐族の人間は、決して人前で瞳を見せない。見せて良いのは、家族と結婚相手だけ、というのが古来からの掟だそうだ。
 スナも当然俺の前では決して薄く透ける黒い目隠しの布を外そうとしない。俺の前では、というか、俺の前でも、だけど。
「なんで見たがるのよ」
「だってなんか、不公平だろ。そっちは見えてるのに、俺は見れないとか」
 俺が今手にしている歴史の書によれば、古代の帝が「その宝石のような瞳が欲しい」と口説き落として側室に迎えたほど狐族の瞳は美しいとあるのだから、一見の価値はある。
 金色だというその瞳は、髪も肌も真っ白なスナに、きっと似合うだろう。
「なんで嫌がるんだよ」
 逆に質問をぶつけてみれば、スナはうつむいてしばらく黙りこむ。きつく編んだ白の髪が、肩からさらりと膝上の本に落ちた。
 ここに居るのは俺とスナの二人きりで、他に誰もいないのだ。ちらっと一瞬見せるくらい、誰にもばれないだろうに。
「なんでもよ」
「片目でもいいんだよ別に」
「食い下がるなぁ」
 両目を覆っているせいで普段はスナの表情から感情をうかがうのは難しいが、今ははっきりと、困惑しているのを感じた。
 膝の上で開いていた本をぱたんと閉じて、スナはため息をつく。
「一族の掟だって言ってるでしょ。私がそれを破るわけにいかない。これ以上言うなら、もうここには来れない」
 スナは族長の一人娘だ。特殊な立場であるため、自由に外出が許されないのをこうしてお忍びで俺の秘密基地にやってくる。
 俺の親父は虎族の長だけど、俺の行動を制限したりはしない。こうして秘密基地と称して山に小屋を建てて、好きなだけ本に埋もれて暮らすことを許してくれている。三男坊だからか、居ても居なくてもいい扱いだ。
「私の目を見た最初の他人は、私と結婚しなくちゃならないの。だからダメ。特に、他族は」
「……じゃあスナが……誰かと結婚したら、見れるのか」
 誰か、と口にしただけで、胸が一瞬締め付けられた。
「結婚したらどっちにしろここにこれなくなっちゃうよ。でも、私はするつもりないから。父さまも多分させる気無いだろうし」
「なんで」
「私が結婚すると、一族を滅ぼすから」
――一族を滅ぼすから。
 それはスナが生まれた時に詠まれた予言で、ゆえに彼女は常にそれに縛られて生きている。
 一族の村の外に出ることを禁じられているのも、外の書物を読むことを禁じられているのも、すべては予言を回避するためだ。
 これじゃあまるで予言じゃなくて、呪いだと、ここに来るたび新しい本を夢中になって読むスナを見ると思うのだ。
「……いいじゃん、滅んでも」
 エゴだと思いながら、そう口にするのを止められなかった。
 狐族の予言は決して外れない。親父から昔そう聞かされたことがある。
 それなら何をしても一緒じゃないか。スナが不当に行動を制限される必要だってないはずだ。
 スナがじっと俺を見つめる。いや、目隠しでわかりにくいけど、多分見つめてると思う。
「スナの目が、顔が見たい」
「それがどういうことだか、本当にわかってるの?」
 目隠しを取ろうとする俺の手をやんわり掴みながら、スナが尋ねる。
「わかってる、つもり」
「……つもりじゃダメだよ」
 スナが笑いながら、けれど言葉とは裏腹に掴んだ俺の手を離す。
 ぱさりとあっけなく落ちた目隠しの下からあらわになった銀色の瞳がゆっくりと金に変わっていくのをじっと見つめながら、俺はぽつりと「綺麗だ」と呟いた。


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書いたの:2016/1/8フリーワンライ企画にて
お題:宝石のような瞳が欲しい
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