結末の先

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「また怒られたの? 懲りないのねぇ」
 そのお姉さんに初めて出会ったのは、私が小学生の頃だ。
 ママの妹の彩音さんが経営する喫茶店で、私がママと喧嘩して避難しに店を尋ねると、必ず一番奥の窓際の席で黒猫のワンポイントがついたカバーをかけた文庫本を読んでいる。
 透けるような白い肌に、夜のような黒髪、そして金色の瞳。その容姿のせいか年齢は不詳。どうやら異国の人のようだけど、本名や出身地は、いつもはぐらかされてまだ聞けていない。ただ日本語は、とってもお上手。いつも一人でいて、それを言うと、人嫌いなんだよ、とどこか胡散臭い笑顔を浮かべてコーヒーを啜る。本当に人嫌いなら、私だって邪険にするはずなのに、ねぇ?
「だってママったら! 勉強しなさいしか、手伝いなさい、それしか言わないんだもの」
 そんなよく分からない人に、私はいつもママへの不満をぶちまけてしまう。なにがどうしてそうなったのか、最初のことはあんまり覚えていない。たしかパフェをおごってもらって、ついついペラペラと聞かれるままに喋ってしまったような気がする。
「今部活で大変だって、全然分かってくれないの」
 ほどほどにしなさいよ、と言いながらも叔母さんが持ってきてくれた春の限定イチゴづくしパフェを頬張りながら、今日の喧嘩の顛末を話すとお姉さんは苦笑しながらコーヒーを口に含んだ。
 次の試合はとっても大事なんだ。私の憧れの咲先輩と一緒にバスケができるのは今年で最後。負けたらそれで終わりなのに。それをママは、そんなこと、と切り捨てる。
「君のママだって、昔はそうだったのにねぇ。人からみたらくだらないことを熱心にやっていたものさ」
 文庫本のページをめくりながらのお姉さんの言葉にきょとんと首をかしげる。
「ママを知ってるの?」
「そう――君のママとは昔世界を懸けて戦ったことがある」
「ふざけてるの?」
「ふざけてるように見えるかい?」
「そうとしか見えないけど……」
 ならそうなんだろう、お姉さんは文庫本を開きながら煙に巻く。
「ともあれ、子供の頃のことを忘れてしまわなきゃ、大人にはなれないのさ」
「そんなのおかしい!」
 私は憤慨してイチゴを飲み込む。
「いつか分かるさ」
「大人になるために?」
「そう。そして自分が言われたことを同じように言う様になる」
「ありえない」
 不満を視線に込めてお姉さんを見たけれど、彼女は文庫本から視線を上げようとはしない。
「ねぇいつも何を読んでいるの?」
「今日は女の子が変身して世界を救う物語。最後は死にかけた敵の悪魔の女の子と自分のすべての力で人間にして、ハッピーエンド」
「日曜のにやってるやつみたいな? ……なんだか子供っぽい」
 あえて馬鹿にするように言ったのに、そうかな、とお姉さんは、気分を悪くする様子はない。
「貸そうか?」
「ううん、いい。オチ言っちゃったし」
「そう、残念。面白いのに。平和っていいな、ママありがとう、って思えるよ」
「……よくわかんない」
 オチまで知ってるってことは何度も読んでるんだろうに、お姉さんは楽しげにページをめくる。
 溶けかけたソフトクリームをスプーンですくいながら、私は小さくため息をついた。


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書いたの:2016/3/11フリーワンライ企画にて
お題:文庫本とくろねこ 胡散臭い笑顔を浮かべて… 人嫌い
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