まじょのけんぞく

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「あれあれぇ? 人間なんて嫌いだ、なんて言ってなかったっけ?」
 まったくこれだからこの女はたちが悪い。
 貯水槽の上に座り、高みから見下ろしてニヤニヤ笑いを張り付ける魔女は、短いスカートだというのに気にせず胡座をかいて、頬杖をついた。その姿は、数百年前とまったく変わりがない。
 見つけたときは泣いてしまいそうだったが、今は少し後悔の二文字が頭をよぎる。涙を堪えられてよかったと思った。
 この十五年、昔と比べてしがらみだらけ、その上鼻も利かなくなった不自由な身なりに、こちらは必死に探していたというのに。
「まさかそのアンタが人間に生まれ変わってるなんて、神様とやらは残酷ねぇ」
 堪えきれなくなったのか、ニヤニヤどころか腹を抱え、足をバタバタさせてまで笑い始めた魔女に、俺は「うるせぇ」と吐き捨てる。
 ーーそれが、まさかこんなそばに居たなんて。
「それが見つけてやった俺に対する言葉か! なんでこんな、学校の下にいたんだよ!」
 屋上の風が強く吹き付ける。力のほとんどがまだ回復せず、存在の不安定なこの魔女は、きっとまだ俺にしか見えない。虚空に向かって叫ぶ姿をクラスの誰かに見られたら厨二病扱いだ。だが、知るもんか。
 怒鳴りに近い問いに魔女は笑うのをやめ、むくりと起き上がると「それがさぁ」と肩を竦めてため息をついた。
「アンタがハンターに殺されたあと、暇であちこち旅してまわったんだけど、うっかり人間に正体ばれちゃって、戦ったんだけど封印されてねぇ」
 ぺろっと舌をだす。何百年も土の下に封印されていたのだから、テヘペロなんて文化まだ知らないはずだ。イイ歳なんだから可愛い子ぶんな。
「有能な魔術師だったよ。あ、こっちでは魔術師って言わないんだっけ」
 リベンジしたいけど、でももう死んでるだろうなぁと言って、魔女は空を仰いだ。きっと俺がいない、封印されている間の数百年の時に思いを馳せているのだろう。昔から、寂しく思うときは空を見上げている女だった。眩しげに太陽に手のひらを向ける。
「空は変わらないねぇ。知っているものがまだ残っていてよかったよ」
 その言葉に封印を解いてしまってよかったのか、少し不安になる。世界は俺も驚くほどに変わっていた。魔女や、かつての俺のような夜の住人は住みにくい世界だ。あのまま眠らせていたほうが、こいつにとってはよかったのではないか。
 空を見上げるのをやめた魔女が、俺の顔をじっとみてニヤリと笑う。
「なんて顔してんの。わたしの僕ともあろうものが情けない。……見つけてくれて感謝してるよ。誉めてつかわす」
 側に来いと言われて近寄れば、かつてのように、高いところから俺の頭を撫でる。昔ならともかく、この姿では恥ずかしい気もする。
「言ったろ、ずっとそばにいてやるって」
「言うねぇ、あっけなく死んでいったくせに。今世だって命限りある人間だろう。――おや、痣があるね。わたしを庇ったあの時の傷かい? もう痛まない?」
 魔女が俺の首のあたりに手を這わす。うっすらと赤い痣だ。前世の爪痕なのか、単なる偶然なのか、俺には分からない。
「痛みはない、大丈夫。それに、お前だって、元は人間だったじゃないか」
「あは、違いない」
 俺は笑った魔女を、前世よりも自由になった二本の腕で抱き締めた。


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書いたの:2014/8/9 フリーワンライ企画にて
お題:人間嫌い 痕 忠誠心 むかしのやくそく 転生 屋上
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